今日、とある方からメールをいただいた。
(その名字から察するに、豊臣の時代からの末裔の方か??)
メールの内容は「叔父貴(故人)」に関するお問い合わせであった。
叔父貴の名前や親父の名前で検索してたらウチに辿り着いたらしい。
さて、我が家の家族の場合、皆それぞれが個性重視、個人主義
人の事なんか知ったこっちゃないもんね。というタイプの仕事に従事している。
(いや、兄伯父も弟叔父もすでに故人なので「していた」が正しいか?
うちに父はまだ生きているぞ)
だからと言って何なのだが、「親戚付き合い」というものを基本的に
あまりしなかったのである。また、盆暮れ正月のある仕事ではなかったので
たとえば「夏休みにおじさんのうちに遊びに行く」とか
お正月に「お年玉貰いに行く」などという慣例行事もなかった訳である。
----だから、うちのカミさんと結婚したとき、カミさんの実家に行ったら、
親戚一同揃い踏みなんてのに遭遇しちゃった時は、
カルチャーショックだったものなあ-----
とまれ、我が家の場合、その成り立ちも最近ようやく知り得て来たばかりであるし、それでも今迄の既成の歴史観から考えると矛盾するような部分もあるし、
それでも現実にそういう一族である訳だし、むしろ、最近息子から
「うちの家系の歴史って・・・」みたいな事を訪ねられて、
おや、俺は何にも知らないじゃん!みたいな事に気がついて、
少しずつ、病を養う父親から事情聴取を始めたばかりなんだわな。
んな訳で、叔父貴の出身高校とかは知っているけれど、
彼の人生とかは、正直言えば「あまり良く分かっていない」
最近、叔父貴の著作とかを読んでみて、「面白いじゃん!」とか思うけれど、
それ以上の感慨はあまりないものなあ。
家系図とかはあるんだけれどね。
その前の僕にとっての祖父(戦中に物故)とか曾祖父(戦中に物故)
とかの方が今の僕には興味深い。
祖父は教師だったらしい。教師と言っても「教育とはなんぞや」を
日本各地に啓蒙していたエライ人だったみたい。
でも、僕が興味深いのは幼い頃の父に対する対応だったり、
今も残存するポートレートにだったりする。
曾祖父の方は、これはもう「お侍さん」の気質を残存させたまま
でも明治から大正にかけてそれなりに色んな事をしていた人らしい。
(いや、今の所「・・・らしい」しか理解出来ていないのが現実なのだよ)
こっちは、「マンピョウ家」までは行かないみたいだけれど
それなりにそういう世界にいたみたいよ。
(現在、その影響は全く残っていないけれどね・・・苦笑
親戚とかの状況見るといわゆる「政略的な」過去が垣間みれたりするけれど・・・)
以前、ある機会にそういう人たちが集まったお葬式があった。
そこに僕と兄を可愛がってくれていた「A」というおじさんがいた。
そのおじさんにTVに出てくるような政治家やエライ人たちが
やたらとペコペコするのを目撃した訳だ。
んで、「A」というおじさんに訪ねた訳だ。
「・・・で、おじさん何している人なの?」
「ん、経済顧問だよ」
「へええ、どこの・・・?」
「・・・・国。」
「・・・・・・・・」
僕ら兄弟はその手の影響を受けておらず、
まさに自由奔放に生きていたので、そのおじさんにもとても
可愛がられていたのね。
その手の機会を利用して、何か「理」を得ようとか考えも及ばなかったから、
「ハア??」とか思ったけれどさ。
何か恐るべし一族なのかもね?木村さんち・・・。
今の時点では、良く分からないよ。
まあ分かったとしても「Aおじさん」も死んじゃったし、
使える「コネ」は現存していないんだけれどさ。たぶん・・・。
とまれ、とにかく僕の現時点での家系に対する知識は非常に希薄なんだな。
それを知り得たからと言って、別に利用しようとは思わないけれど、
これだけルーツを知らないのは、ちょっと問題かな?とも思うので
少し調べてみようとは思うんだけれどね。
これ調べたら、これまた大変な話かも知れないんでね。
メンドクセー!つう気もするんだな。ムズカシイ話でしょう?