そんな訳で再開である。
教頭先生の運転するプラドに乗って、関金小へ向かった。
途中、知人のMさんの家の前を通る。
町中を過ぎると、そこは豊かな田園風景であり、たおやかに羽ばたくアオサギやダイサギ、
クルリと輪を描くトンビなども目に入る。
ウ~~~~ン、やっぱり良い所だなあ。
さて、学校について、校長室へ案内されるが、子どもたちがドアの陰から
チョコチョコと覗く。ハハ、怪しいオッチャンが来たろ。明日相手してやるからな。
んでもって、先生たち&ご父兄対象のワークショップを始める事になった。
先生や父兄に体験してもらうのは、契約外の話なんだけれどさ、
大きな二つの意図があって、毎回こなしているのだ。
一つ目は翌日から始まるワークショップにファシリテイトとしての戦力になってもらうため。
そしてもう一つは、彼らこそが、今後子どもたちの創作をみてくれる大人たちであるから。
ワークショップの時だけ「素敵に創れた」と思っても、継続できなければ意味はないしね。
そもそも本当の所を言うと、このワークショップは大人相手の方が大事だったりする。
なぜかと言えば、大人の方が「アタマ堅いから」である。
大人の方が「絵が苦手」とか「こう描かなければ・・・」とか
そういう固定観念が固着しているからである。
何度も発言してきているけれど「絵」っていうのは、あるいは「クリエイティブ」つうモノには
商売じゃない限り「答えはない」のであって、要は「楽しけりゃそれでいいのだ!」
ところが、点数の付く教育体系の中で、妙なトラウマを植え付けられ、
育ってしまった大人たちは、どうしても妙な体面だったり、プライドだったりが邪魔をして
「楽しむ」という一事にハマりきれないのである。
簡単に言うと、言葉が適切でないかも知れないが「夢中」になれないようなのだ。
だからこそ、一番原始的な方法で、思い通りにいかない方法で、楽しんでもらうのである。
子どもに戻ってもらうのである。子どもの頃の自由であったレヴェルまで戻ってもらうのだ。
考えてみれば、「破る」とか「ちぎる」とかの作業というのは、
普段は「やっちゃいけないこと」である場合が多い。だから、それを一番最初に経験してもらうのである。
実際にやってもらうと、先生たちは想像通り、悩んでしまっていたりする。
でも、なんか前向きなんだよなあ。そういうエネルギーがヒシヒシ伝わってきちゃうんだよなあ。
んで、そのひたむきさに、体調の悪かった木村もちょっとドギマギしてしまい、
いつものような言葉のマシンガン状態が作れなくなってしまったりもしちゃいました。ハァ~~~。
とにもかくにも試行錯誤してもらって、およそ2時間ちょっと。創ってもらった作品は
明日の子どもたちの作品と合体する事にして、ミニワークショップを終えた。
与えられた時間も限られたモノだったし、どれだけ伝わったのか甚だ疑問ではあったが、
その後のスケジュールも詰まっているので、まあ仕方ないか。
再び教頭先生の運転するプラドで宿泊する施設の近所のお店へ、
そのお店で待っていたのは、今回の仕掛人でもあるN先生。
で、夕飯ご一緒するのかと思いきや、早々にお帰りになっちゃった。ハララ
さて、テーブルについてみてビックリ!
天然物のザッコ(カジカ)の唐揚げ、イノシシ料理、イワナ、アユ、キノコ、フキ・・・etc.
地物のオンパレードでビールも思わず進んでしまう。
が、木村、ちょっと体調思わしくなかったので、普段のようには食べれなかった。ウ~~~惜しい。
ひとしきり、打ち合わせと称した雑談を終えて、宿泊施設に送ってもらう。
そこは町営施設ながら確かに温泉で、窓を開けるとモリアオガエルの合唱が聞こえ、
なかなかの趣であった。
ただ、なかんずく、部屋が禁煙であった事が、木村には辛い一事であった。続く