やらなきゃいけないことをやってるだけ・・・ | 太亮の独言毒言

太亮の独言毒言

絵本作家、イラストレーター、デザイナー、アート・ワークショップなどで
活動している木村太亮の公式ブログ。
まあ、単なる戯言だとお聞き流し下さい。連絡先は、deeworks3623☆gmail.com

友人のコピーライター件社長業の川島さんのブログ でこんな風に書かれていた。

僕は毎日、主婦業もしている。モノスゴク「普通の作業」である。
別に売れていない作家ではないが、(どうかな?)
カミさんが目指している仕事があり、時間とか拘束とか色んな事情を考えると
必然として僕がやらなければいけない状況であり、
それは、ごく普通に考えても別にいいんじゃない?と思うのである。

家庭を大事にする。という感覚とはちょっと違うような気もする。
娘や息子にとって、僕は「親」であり、
それが父親でも母親でもどっちでもいいじゃん!という感覚なのである。
メシを作る事は、人間生活に必要なエネルギーを生産する事なのだから
それはそれで、クリエイティブな作業だと捉えている。
同時に同じもの食うならオイシク食いたいので見栄えにもこだわる。
「旨いもの」にも当然こだわる。当たり前じゃん。と思う。

もっともっと合理的に考えてみる。
たとえば時給換算したら木村が「している事」は一見、不合理である。
カミさんが派遣社員で働く1ヶ月のギャランティを極端な場合、木村は1日で稼ぐ。
木村が何の問題もなく毎月同じように(あるいは給料のように)振り込まれる商売なら
そりゃ、木村が働くだけ働き、カミさんはフォローに回る方が良いのだろう。
でもね、人間は合理だけでは動かない。(振り込みも必ずしも合理的、計画的でもない)

マイホームパパという言葉は、まさに木村のために用意された言葉かも知れない。
だって、僕はいつも「家にいる」。家で起こるあらゆることに対応しちゃっていたりする。
でも、それが「情けない」とかはちっとも思わないよ。(カッコウイイとも思わないけれどね)

どんな形であれ、家族というチームの中で、必要と思われるポジションに真摯に立ち向かう。
そう、サッカーで言えば「ボランチ」のポジションが今の僕だと思う。
(巧く出来ているか否かは別としてもだ・・・)
ボランチつまりハンドリングを任されているのだから、そのプレースタイルは千変万化であっていい。
むしろ、格好は良くないが「水を汲んでいる事」には、誇りさえ持ちたい。

サッカーと同じように闘い方は色々あっていい。
が、日本の社会では「ティピカル」なモノが幅を利かせすぎているようにも思う。

正直言えば、別にプライド持って、ハウスハズバンドしているわけではないが
冷静に瞬時に考えた時、僕は「やらなきゃいけないことを淡々とやっている」つもりである。

それを社会が何と言おうと正味知ったこっちゃねえよ。なのである。

ただし、大きな問題はないわけでもない。
一番信頼すべきパートナーが、あまりそのことを理解していないのかも知れないなあ。
と、時たま感じる事がある。ムムムである。