上手な絵と良い絵 | 太亮の独言毒言

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絵本作家、イラストレーター、デザイナー、アート・ワークショップなどで
活動している木村太亮の公式ブログ。
まあ、単なる戯言だとお聞き流し下さい。連絡先は、deeworks3623☆gmail.com

上手な絵が悪い絵だと言っているのではありません。
でもね、皆さんが「上手な絵」と考えているのはどんな絵でしょうか?
多分、写真のように「写実的」であったり、
どこかの誰かさんのマンガがソックリに描けていたり・・・。
違いますか?

でもそれは勘違いだと思うのです。
「絵に答はないはずです」

小学校、中学校などの「図工」と称する授業の中で
その勘違いを根強く心に刻んでしまっているだけです。
日本の美術教育は「模写」から始まっていることも事実であり、仕方がないかもしれません。
が、模写はその時点で「真似っこ」であり、その人本来の持ち味ではないと思うのです。
所詮は「答が存在している」絵なのです。

髪の毛は黒、肌は肌色、空は青、太陽は赤・・・・。
誰が決めたのでしょうか?
絵を描くときは、キチンとデッサンをして下描きして、そこを塗りつぶしていく。
誰が決めたのでしょうか?
鼻は顔の真ん中にあり、その両サイドに目が二つ、鼻の下には口があり・・・・。
誰が決めたのでしょうか?
それが対価を得るビジネスなら、いざ知らず、楽しむために描く絵に
そんなルールが必要なのでしょうか?

僕はそうは思いません。

誰のためでなく自分の楽しみに絵を描く時、様々なルールは全く無用です。
本人が「気持ちがよければ良いのです。楽しければいいんです」
本人が楽しんで気持ちよく描いた絵は必然的に「良い絵」になります。

「良い絵」の条件の一つは「人柄が出ることです」
「良い絵」の条件の一つは「絵を楽しんだこと」が絵に現れていることです。
「良い絵」の条件の一つは「ルールがない」ということです。
「良い絵」の条件の一つは「魂もしくは命」があることです。
「良い絵」の条件はもっといっぱいあります。

僕らは仕事で絵を描きますので、写実的にであったり、巧みに描くトレーニングをしています。
が、それが必ずしも「良い絵」とは限らないことを知っています。
(もちろん、普段から目指しているのは「上手でかつ良い絵」なのですがね)

まあ、それはそれとしてですが・・・。


7/22&23、鶴見の環境エネルギー館に来て、ワークショップに参加し、
でも、そこで木村に踊らされて楽しく絵を描くか、描かないかは、参加した人の・・・
「自由ダア!」

なのです。