上手な絵が悪い絵だと言っているのではありません。
でもね、皆さんが「上手な絵」と考えているのはどんな絵でしょうか?
多分、写真のように「写実的」であったり、
どこかの誰かさんのマンガがソックリに描けていたり・・・。
違いますか?
でもそれは勘違いだと思うのです。
「絵に答はないはずです」
小学校、中学校などの「図工」と称する授業の中で
その勘違いを根強く心に刻んでしまっているだけです。
日本の美術教育は「模写」から始まっていることも事実であり、仕方がないかもしれません。
が、模写はその時点で「真似っこ」であり、その人本来の持ち味ではないと思うのです。
所詮は「答が存在している」絵なのです。
髪の毛は黒、肌は肌色、空は青、太陽は赤・・・・。
誰が決めたのでしょうか?
絵を描くときは、キチンとデッサンをして下描きして、そこを塗りつぶしていく。
誰が決めたのでしょうか?
鼻は顔の真ん中にあり、その両サイドに目が二つ、鼻の下には口があり・・・・。
誰が決めたのでしょうか?
それが対価を得るビジネスなら、いざ知らず、楽しむために描く絵に
そんなルールが必要なのでしょうか?
僕はそうは思いません。
誰のためでなく自分の楽しみに絵を描く時、様々なルールは全く無用です。
本人が「気持ちがよければ良いのです。楽しければいいんです」
本人が楽しんで気持ちよく描いた絵は必然的に「良い絵」になります。
「良い絵」の条件の一つは「人柄が出ることです」
「良い絵」の条件の一つは「絵を楽しんだこと」が絵に現れていることです。
「良い絵」の条件の一つは「ルールがない」ということです。
「良い絵」の条件の一つは「魂もしくは命」があることです。
「良い絵」の条件はもっといっぱいあります。
僕らは仕事で絵を描きますので、写実的にであったり、巧みに描くトレーニングをしています。
が、それが必ずしも「良い絵」とは限らないことを知っています。
(もちろん、普段から目指しているのは「上手でかつ良い絵」なのですがね)
まあ、それはそれとしてですが・・・。
7/22&23、鶴見の環境エネルギー館に来て、ワークショップに参加し、
でも、そこで木村に踊らされて楽しく絵を描くか、描かないかは、参加した人の・・・
「自由ダア!」
なのです。