今日の自分より明日の自分 | 太亮の独言毒言

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絵本作家、イラストレーター、デザイナー、アート・ワークショップなどで
活動している木村太亮の公式ブログ。
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本日、息子たちの練習試合があった。
アメリカから一時帰国していたM君の追い出しゲームを含めての
急遽決まったゲームであったのである。
グラウンドも使用できる部分が限られていて、小さなスペースで9人制という
変則の人数で試合をした。

足の爪はまだ生えて来ていないので、全力で走る事は叶わないけれど
ともかく2試合審判をした。

さて、本日の問題点である。
5年生になって、上達して来ている子も上達出来ていなかった子も
それなりに少しずつ頑張っている。特に上達のための個人的な努力を怠って来た子たちにも
少しだけ、「がんばらなくっちゃ!」という気持ちが見える。

でもね、正直言って、今まで頑張ってこなかった代償はとても大きい。
今のままでは、チームとしてリスキーすぎる。彼らの「出来ない事」のために
「出来る子」たちが負っている代償はすごく大きいのだ。
簡単に言えば「足を引っ張っている」。

この感覚は、僕自身の中に強く記憶にあるものだ。

僕は小学生の時、少年野球をしていた。背も小さいし、さほど上手な選手ではなかった。
が、チームメイトたちはチームを離れても友人であったし、仲良しだった。

でも野球の場面では、彼らの足を引っ張っている感覚が僕にはあった。
ゆえに、僕は個人的に努力した。その結果、バントとカバーリングでは
チームで一番上手になった。
僕をそこへ導いたのは、野球が上手になりたい!とかいう気持ちじゃなかった。
少なくともチームメイトのあるいは友達の重荷になりたくないという気持ちだった。
ある意味、少年野球におけるプロ意識?だったのだ。

今の子供たちにもそういう経験をして欲しいと思う。
今の子供たちにも充分に出来る事だと思う。
確かに少しずつ努力はしている。でも上手な子だって調布の中ではペーペーである。
その子たちに気を遣わせているいる子たちはペーペーのペーペーである。
言い方は悪いかもしれないが、だからこそ今日より明日、1mmでも良いから上達して欲しいのだ。
そういうことを目指して欲しいのだ。

今の時点で、努力している事は認める。充分に認めるが今誉める気にはなれない。
だって彼らはまだチームの一員としてのプレーにはほど遠いもの。
特に精神的な部分でね。(どこかで誰かが助けてくれると思ってしまう)

そこから卒業出来たら本当に良いチームになると思う。
個人の部分でも今日の自分より明日の自分が好きになれるように、
チームの部分でも今日の戦いより明日の戦いが納得ができるように、
そういう気持ちを持てないと真の進歩は決して期待出来ない。

今の段階で誉めてちゃ「幇間稽古」としか言い様がないんだよ。