先日、某出版社の方々と呑んでいたのであるが、そこでの四方山話に我が家の話題があった。
そこで育った僕としては、そんなに変わった家ではなかったのであるが、
一般的な方々からするとソートー変な家であったのかも知れない。
んな訳で新しいテーマを追加する。名付けて「木村家の人々」
改めて考えてみるのであるが、そんなに変か?
僕の父親は、僕の知る限り、僕の物心ついた頃は「漫画家」であった。
それもブラックジョークのヒトコマ漫画がメインであった。
今も残っているのは明星のチャルメララーメンかな?あれを描いた時、僕はすぐ脇に座っていた。
当時、父は四谷に仕事場があり、水曜11PMのプロデューサーの松本さんとかと
一緒に仕事をしていたらしい。松本さんは「はじめてのお使い」の初代プロデューサーさんだ。
たぶんフリーランスであったと思われるのだが、彼の関係で僕はTV出演してたりする。
(ほとんど記憶にないけれどね)
これも関連だと思うが日テレで虫プロとコラボで仕事をしていたりする。>こちら
この時代にゲバゲバ90分という番組が(おっとこれはTBSだね)があったのであるが、
ここにもアニメを提供したりしてる。
そんなファンキーな状況であったからなのか?我が家は公団住宅2DKにもかかわらず、
常に妖しい人たちが、出入りしていた。噺家さんとかマンガ家の駆け出しさんとか、
昼間から酒宴ということも間々あった。近所の商店街までお酒を買いにいったり、
お隣さンに氷を借りに行ったり、そんな事は日常茶飯事だった。
噺家さんと言っても当時はみな二つ目の人ばかりで、でも皆人の良いシャレの効いた人ばかりだった。
今では皆オーモノになってしまったけれど、当時我が家に遊びに来ていた人たちはこんな人たち。
木久蔵さンでしょ、小三治さんでしょ、円窓さんでしょ、小きんさん、さん弥さん、小勇さん、
円丈さん、小三太さん、&マッチマッチモアだな。中でも僕が一番好きだったのは好生さん。
彼は円生一門で飛切り旨い(汗をかかない)噺家だった。
(ず~~~~っと後に不幸な死を迎えてしまうのだけれど)
僕は彼が来るとずっと居間(どこからどこが居間だか分からない家だったけれど)に
居着いていたものだ。
ある時、好生さんが家に来たけれど、とても顔色が悪い。心配になった父は掛かり付けの医者へ
彼を連れて行った。そこでニンニク注射(いわゆるアリナミン)を打ってもらおうと思ったのだが、
好生さん注射が大の苦手。そこはそれ、口八丁手八丁で、
結局注射を打たれたのはオヤジだったなんて逸話もある。
とにかく、当時僕は遊園地等に行く必要がなかった。
だって、我が家がエンターテーメントの宝庫だったからだ。
続く。