素晴らしいパフォーマンスだった。
彼らが選手権に出場可能になって、まだ本当にわずかな期間しか経っていないが、
彼らが充分にトップレヴェルであることを証明した数試合だった。
少なくとも僕は彼らに、そしてかつて政治の壁の下で出場できるレヴェルを有しながら
出場できなくて悔しい思いをしていた人々にも大いなる拍手と賛美を送りたい。
元々、サッカーというスポーツにイデオロギーや国家間の争い事が持ち込まれること事体が
間違いなのだ。サッカーを通して人生生きているやつからしてみたら、
チャンチャラおかしな話だったのである。
確かにサッカーはある意味、武器を用いない国家間の戦いになる場合もある。
しかし、それは上層部の思惑のある人たちだけの考えであって、
実際にグラウンドで闘った当人たち同志は、不思議な友情を持つ事さえあるのだ。
たとえばそれは、日本に昔あった「兵法者同志の果たし合い」のような感覚だろうか?
勝ちとか負けとかを超越した無心の闘いで生まれる相互の理解もあるということ。
そんな図式が今回の大坂朝鮮の闘いで見えてきたような気がする。
今日は日本も少しだけグローバルになったような気がしたよ。