写真を整理していたら、こんな写真がでてきました。



テキスターに、俺はなる。

見にくいですが、中央の木には、「相撲発祥の地」と書かれています。


粗末じゃね?


相撲協会、もっと保護すべきじゃね?


ミカン畑の中よ。


↑は、奈良県の桜井市というところです。


日本最古の道である、山の辺の道にあります。


この近くには、日本最古の神社、古墳たくさん、仏教伝来の地、


聖徳太子誕生の地、ご身体そのものが山、という神社、などなど、


歴史好きにはたまらないお宝スポットがごろごろあります。


が、誰もいません。


観光客には、ほぼ会いませんでした。


日本最古の道ですよ。


縄文時代よりも古い、神話の時代から続いている道ですよ。


教科書の、歴史以前からあるんですよ。


その道が、ただのあぜ道なんですよ。


相撲発祥の地が、あの扱いですよ。


それがまたいいんですけど。


あぜ道の周りは、古墳がぼこぼこあります。


周りを見回すと、こんもりと小さな山がたくさんあるんですね。


それらが、全部古墳。


偉い人どんだけいたの?


ぞんざいな扱いもまたよろし。


行ってみましょう。

昨日、純文学のお話をしました。


まだ言い足りないところがあるので、今日はその続きです。


芥川賞を受賞した、西村さんの破天荒っぷりに注目が集まってますが、


元々、純文学はダメ人間が多数出演するものです。


カネなし風呂なし女なし。酒飲んで屁こいて寝る。そして思いついたように


社会への不満をまき散らす、社会不適合者たちの集いの場なのです。


いや、そればっかりじゃないですよ。古典的なものはそうでした。


そういうものが伝統的に多かった、という話です。


太宰も三島も村上も、ダメ男が主人公の作品が多いです。


社会(多数派)から離れ、群れず、自分の頭で考えて行動する人、というと


カッコイイですかね。


ちょっとナルシストな所には目をつぶりましょう。


今も昔もインテリはイラッとくるものです。


純文学というと、なんだか難しそうですが、なんてことはない、


単なるダメ人間日記です。


そんな気持ちで読んでみてください。



だいたい、社会にぴったり寄り添って生きてる人間の


物語なんて、なんにも面白くないですからね。


落語も、ダメなやつだけど憎めない人が出てきますもんね。


まあ、小説家が社会から外れる必要はないんですが、


まったく採算に合わなくて効率が悪い小説なんか書こうと


思う人は、元々社会生活と折り合いが悪いんでしょう。


そういうことにしときましょう。



本年度の芥川賞と直木賞が発表されました。


芥川賞は、朝吹真理子さんと西村賢太さん。


直木賞は、木内昇さんと道尾秀介さん。


ニュースなどでも報道されてますが、芥川賞の朝吹さんと西村さんの


対照的な経歴が紹介されています。


朝吹さんは、現在慶応大学大学院で近世歌舞伎を研究し、祖父、父はフランス文学者で


詩人、大叔母はフランソワーズ・サガンの小説の翻訳家というサラブレッドなお人。


一方の西村さんは、中卒でフリーター、2度の逮捕歴がある43才。


芥川賞の発表の際にも、そろそろ風俗に行こうかというところで電話がかかってきたと


いう破天荒なお方です。


私はまだお二人の受賞作を読んでいませんので、ここで書評はできません。


読んだらやるかもしれませんが、今回は、過去に芥川賞を受賞した方の話を


します。


金原ひとみさんです。



「蛇にピアス」で、弱冠20歳にして芥川賞を受賞した女性作家です。


受賞したのが20才ですから、この作品を書いたのはまだ10代の頃でしょう。


私がこの作品を読んだとき、かなり衝撃を受けました。


この時点での彼女の文章力は、未熟でした。しかし、そんな未熟さなど


吹き飛ばす美学がありました。


10代特有の勘違いであったり、弱さやもろさ、恐れ、純粋さ。


自分は、なにものかになれるのだろうか、という不安。


暴力描写や性描写に注目が集まりますが、そんな直接的な痛みよりも、


もっと内向的で、激しい痛み。


生爪で皮膚をバリバリと引っ掻いていくような、後を引く痛み。


あれは、10代にしか書けないものです。


早熟な才能と美学。


40代、50代になったらどんな作家になるのだろうと楽しみであります。



純文学、暗いだけじゃありませんよ。


大抵暗いですけど、希望もあります。


すべてを失ったあとでも、まだなにかを持てるような希望を感じさせてくれます。


日の光を浴びただけで、明日も生きていけると感じさせてくれます。


こんな自分でもいいんだと、勇気をくれます。


本を持ち、街を出よう。