1月24日 "ONE NIGHT ONLY IN JAPAN BILLY JOEL IN CONCERT"
私の初のビリージョエル体験は中学生時代に遡る。NHKの英会話教室で「My Life」が紹介されたことに起因する。そこの先生が「曲調は明るいですが、内向的な作品なんですよね」と語っていたのが印象的で、その事を理解するにはあと、数年必要とした。初めてビリーのライブに参加したのは1991年の「Storm Front Tour」である。まだ中学生の身分での初体験であったが、一つ一つの曲に感銘を受けたのを昨日の事の様に脳裏に刻まれている。ロッカーらしい風貌のビリーは痺れるほどカッコよかったのである。しかし、前の来日から10年以上月日を経て、本当に来日するとは、意外であった。2006年の来日を体験し、2008年も来日したことから、またライブに参加出来る機会もあるだろうと気楽に考えていた。まさか次の来日まで16年もの月日を要するとは夢想だにしなかったのである。これまで私はビリーの来日を希求していたのは間違いないが半分諦めていたのも事実である。
あの歌声を生で聴きたい。その夢が遂に叶ったのである。日々の生活の中でバックミュージックがあるが、ビリーの歌声が頭の中で響いていた。ファンの皆がそうだろうが、ビリーは労働者階級や、人間の内面性に訴える曲が多く、繊細な日本人の精神と深く共鳴したのだろう。そして、円高の影響か、レア感を出すためか、24,000円という高額チケットにも関わらず全て完売であり、会場に来ていたファンなら、ご存じとは思うが、何十の列になっていた当日券を求める列。そして、若い女性が紙に「チケット余っていたらお願いします」と掲げている。日本人の審美感は本当に素晴らしいと改めて実感したのであった。
 開演前。私は何か物販を買おうと18時頃に会場に向かったが、何とパンフレットも含めて全て完売であった。やはりデジタルの時代とはいえ、ビリーのグッズを欲しいと思う気持ちが愛おしい。
 そして、ドーム内に入ると人、人、人。コロナ禍から、この様な大規模のコンサートは久しぶりである。昨年に沢田研二のさいたまスーパーアリーナのバースデーライブに参加したが、その時にも約3万人の観客を見て人酔いしたのに、4万4千人の人は圧巻であった。そして開演時間が近づくとロバート・レッドフォード主演ランディ・ニューマンが作曲した、映画「ナチュラル」のテーマが音量高らかに流れ、コンサートはスタートする。
一曲目は「My Life」である。ベートーベンの「歓喜の歌」をビリーは爪弾き、あの印象的なイントロに結びついていく。ビリーの顔がステージの画面に大写しになると会場のボルテージも最高潮になる。4万人の観客の熱気が凄まじい。16年来日を待った、ファンの喜びが体に伝わってくる。そして私には18年ぶりになる生の「Honesty」である。70年代に人間の誠実を求める歌詞を書いたビリー。人間の普遍普及な心境を74歳のビリーが切々と歌い上げる姿に私は涙目になっていた。
そして意外だったのは一部であったが、ローリングストーンズのヒットナンバー「Start Me Up」である。ユーモアたっぷりに、マイクスタンドを持ちながら歌う。そして途中で止めて「俺はミック・ジャガーじゃない(笑)」と観客に笑いを取る姿にプロ根性を感じた。そして「An Innocent Man」への流れ。久々にアルバム含めて聴いたが、ここまで心に染み入る演奏は初めてであった。そして様々な曲でビリーが出なくなった音域をカバーするマイケル・デルジュディスが補完する高音も素晴らしい。コーラスも楽しい「The Longest Time」。そしてある意味隠れた名曲「Vienna」。そして、政治的な色合いが強いアルバム、1982年にリリースされた『ナイロン・カーテン』に収録されたライブには欠かす事の出来ない名曲「Allentown」である。モニターに効果的にアニメーションが映し出され、曲のテーマが浮き彫りにされる。働く労働者の姿がアニメーションで映し出され胸に迫ってくる。そしてコンサートの一つのハイライトと言える「New York State of Mind」である。アルバム『ストーム・フロント』に入れられた夜景を彷彿とさせるニューヨークの景色がスクリーンで投影される。全く衰えを知らない、この日のために体調を万全にしてきたのであろう、冒頭から張りのある声で聴衆を魅了する。最後、スクリーンに自由の女神が映し出されたのは胸が熱くなる演出である。そして特に日本では人気が高いとされる「The Stranger」。次に日本で演奏されるのはレアな「Say Goodbye to Hollywood」が会場に響き渡る。本国アメリカではビリーの娘が歌うこともあるが。
キーボード奏者のデヴィッド・ローゼンタールが、電話をかけるゼスチャー、粋な演出で始まる「Sometimes a Fantasy」。
 コンサート第1部も終盤になったところでマイケル・デルジュディスがメインとなり、ビリーが伴奏をするプッチーニの「Nessun dorma」(「誰も寝てはならぬ」)が響き渡る。東京ドーム全体がオペラ会場になった様な高貴な雰囲気に包まれる。
「Scenes From An Italian Restaurant 」のイントロをビリーが奏でると会場のボルテージが上がる。新しいアニメーションが画面に流されて7分にも及ぶ曲だが、曲の転調が素晴らしく聴者を飽きさせることのない名曲である。
そしてビリーはハーモニカを高く掲げる。Piano Man」である。私はここで「Piano Man」が来る事を意外に思った。「Piano Man」と言えばコンサート最後の曲というイメージが強く、アンコール前に披露されるとは驚きであった。会場が大合唱になり、ポール・マッカートニーで言えば「Hey Jude」様な立ち位置にある曲だろう。蝋燭やジッポーは消防法で禁止されているので、皆自分の携帯をライトとしてステージに向かって照らしている。4万4千人の明かりは圧巻で神聖な何かがあった。神が降臨した様な神々しい世界が確かに存在したのである。あの聖なる大合唱が16年ぶりに日本の空に響き渡ったのである。私にとっては歴史的な一瞬であった。
 そしてコンサートは続く。いや、私は2時間で終了すると思い込んでいたので、まさかアンコール後に長く続くとは思わなかったのである。第一部がピアノロッカーとしてのビリーと定義するならば第二部は完全なロックンローラー、ビリージョエルの登場である。
 アンコール一曲目は「We Didn’t Start the Fire」である。ステージ上のスクリーンにスマホ画面が登場し、ビリーが早口で歴史上の人物を捲し立てるが、それと同時に写真として映し出される。ビリーが歩んだ歴史を追体験したのである。
 そして、かつてエルトン・ジョンも東京ドームで歌った「Uptown Girl」。そして、「It’s Still Rock and Roll to Me」。驚いたのはスクリーンに80年代当時の若いビリーが映し出されたことである。髪の毛があるビリーが大写しになり、我々オーディエンスに迫ってくる。年代を通じてロックを愛し続けるビリーの歴史が東京ドームでシンクロしたのだった。そして大いに盛り上がった「Big Shot」。そしてドーム全体が暗くなる演出も最高な「You May Be Right」。
 コンサート終了後余韻に浸っていた。今回の来日は殊更「最後」をマスコミは連呼していた。「最後」…。ビリーは最後の来日とは一言も言っていない。しかし今回のライブで「また会いましょう」とも述べなかった。一部報道ではコンサートを一回やると、次のライブまで7日間の休養が必要な為、数回の公演を断念したという話も聞く。ビリーも74歳。今回のライブも「素顔のままで」が無かったし、最後、お別れ感は無かった。湿っぽさは皆無であった。
今後、ビリーやポール・マッカートニー世代の日本公演はIMAX シアター等でアメリカで録画した公演を劇場を厳選して臨場感たっぷりに上映する方式に移行するかもしれない。私は地球の何処かでビリーが歌い続けていれば満足なのである。
 ここで久々の新曲「Turn The Lights Back On」について触れよう。新曲が2月1日にリリースされ、来日公演で演奏されるのでは?と期待されたが、それは無かった。しかし、YouTube等で公開されたが、ピアノマンの面目躍如の素晴らしい曲であった。新しい未来を感じる歌詞であり、未来に神々しい光が差しているのを感じる。そして、驚いたのはプロモーションビデオである。AIの力を借りて、新曲を70、80、90年代のビリーが歌い継ぎ、最後に現在に戻るという、粋な演出であった。今後どの様な展開になるか分からないが見守っていきたいと思う。
祈!再来日!


1月24日 "ONE NIGHT ONLY IN JAPAN BILLY JOEL IN CONCERT

セットリスト
My Life
Movin’ Out (Anthony’s Song)
The Entertainer
Honesty
Zanzibar
Start Me Up
An Innocent Man
The Longest Time
Don’t Ask Me Why
Vienna
Keeping The Faith
Allentown
New York State of Mind
The Stranger
Say Goodbye to Hollywood
Sometimes a Fantasy
Only the Good Die Young
The River of Dreams
Nessun dorma
Scenes From An Italian Restaurant 
Piano Man

We Didn’t Start the Fire
Uptown Girl
It’s Still Rock and Roll to Me
Big Shot
You May Be Right

“Turn The Lights Back On”
https://youtu.be/UOf6CMbHPuA?si=v2P4FXuW4_bMNYOv