行政と地域社会に対して非常に大きな不満があります。
子育ては親が責任を持ち、子供に対して自分(親)が培ってきた常識や将来困らない様にするために、子供にしつけるべきです。
「親の心子知らず」とも言われますが、親がしているしつけは、子供に対する愛情表現の一部です。
そこの部分を行政や地域住民が大きな間違いをしています。
子供がいうこと聞かなければ、
困るのは親ではなく将来的に子供が困るのです。
それを分かっていて、親がしつけしないのは、育児放棄しているのと同じなのです。
子供に対して、「やりたい事をやらしてあげる。」のは良いことだと思います。
しかし、やりたいことだけをさせ続けると、その子供はどうなりますか?
やりたい事しか出来ない廃人の人生です。
このような子供が法規や決まり事を犯して犯罪者になるのです。
昔の教育で育ってきた子供(自分もそうですが)は、
「やって良いこと」
「やってダメなこと」を
親からのしつけをするからこそ、子供は「常識」として体に染みついているのです。
生活の当たり前が常識の始まりです。
今の時代は、成人式に警察が介入して逮捕されるケースが散見されます。
誰が悪いのでしょうか?
正解は、「親」です。
親の教育が子供に対して、生活する上での「常識」を教え込んでいないのです。
だから、成人式の日に子供が逮捕される事態に陥るのです。
子供のしつける方法は様々です。
親から子供へのしつけの仕方は、親からされた子とをそのまま子供に体で示し、育てていくのです。
「子供のは父親の背中を見て育つ」と言いますが、まさにその通りだと思います。
その点、今のしつけの在り方について、行政・地域が過敏に反応し過ぎており、崩壊していると感じます。
実際に有った話ですが、
我が家で、長男(小学生)が自分のしたい事しかせずに学校から出た宿題をしない事がありました。
最初は、言うことを聞かない子供に対して優しく「宿題をしなさいよ」と言ってあげます。
それが、回数を5回、10回と言い続けても聞来ません。
そこで、宿題させないのは、私は「育児放棄している」と考えます。
宿題は学校の先生から課せられたやるべきことであり、それを聞かなくて良いと判断する親が信じられません。
「楽ありゃ苦あり・苦ありゃ楽あり」を、子供に教えるべきです。
人生が甘くない、上り坂があれば、下り坂があると言うことを親として教え込まないといけないのです。
どの様に聞かせるかは、口でだめなら体で覚えることになのです。
もし、子供が車にひかれそうになった時にあなたは口だけで優し言いますか?
引きずってまで子供を守るのが親ではないでしょうか?
とは言うものの、
感情的になって大けがを負わすのは虐待になるので、そこは大人な対応する必要があります。
そこで、私が取った行動は、言っても聞かない子供を外に放り出したのです。
そこまでして言うことを聞かすのが、親のやるべき行動です。
その時に、110番通報する無責任な子供の人生を考えない人がいるのです。
110番した人に言いたのですが、その110番した人が代わりにしつけを責任とってしてくれるのですか?
私は、110番通報した人が非常に無責任な人のとった行動だととらえます。
世間的には、「虐待」を通報した方が良い」などと風潮が顕著に出ていますが、
おかしいと思います。
はっきり言って、虐待としつけは全く違うものです。
偽善者ぶることに非常に大きな憤りを感じています。
このように、子供のしつけを安易な判断で人の家庭の事情を分からない人が、とった行動が我が子の将来を殺すのです。
そのうえ、行政(警察)が判断したのは、子供と親を引き離すことです。
そこまでする必要あるのですか?
行政も偽善者ぶっている。
我が子のしつけを妨害して我が子の将来を殺しています。
どこまでが『しつけ』でどこからが『虐待』なのか不明瞭(人の安易な判断)です。
この様な中途半端な行政の判断や対応では、最悪の場合、私の家庭も崩壊させかねません。
そこまでして行政も地域住民も常識の分からない子供達をこの世に送り出したいのでしょうか?
そこの部分が全く理解出来ません。
昔は他人の子供でもしてはいけない事に対して、しつけとして叱っていましたよね。
あなたはどう思いますか?
昔の『言うこと聞かない子供は体で覚える』が社会的に良かった気がします。
その社会風潮が日本と言う揺るぎない国を作り上げて来たのですから。
今の世の中はどうかしている!!
~以上~