放射線治療で一番大事なことは最後までやりきることです、
と担当先生から言われています。
万一痛みがひどくて通院治療が厳しくなった場合、
入院して麻酔を使ってでもやり切りましょうと言われています。
もちろんそれには同意しているのだけれど、
心配事がひとつあると告げました。
金沢にいる岳父が春先から寝たきりになり、医者からもあまり長くないと言われています。
その日が来た場合、通夜と告別式で最低2日金沢にいたいので
その間の放射線治療をどうしましょう、と担当先生に相談したところ、
放射線治療は中断すべきでなく、多少の変更対応は病院側でやります、
と言われました。
僕はなんとか治療が終わるまで岳父に頑張ってもらいたいと思っていましたが、
岳父は11月18日水曜夜に永眠しました。
翌日朝一番に病院に言って事情を説明し、
明日の治療をできるだけ後ろにしてもらいたいとお願いしたところ、
5時を過ぎても待っていますと了解してもらいました。
一方葬儀の時間を調整したところ、告別式は12時から始めることになり、
結局告別式は参列できなくなりましたが、
できるだけ金沢に居残ることにしました。
岳父は89歳まで生きたので大往生と言えるでしょう。
それに苦しむことなく亡くなりました。
逆に兄弟や妹さん夫婦から治療中に神戸と金沢を往復して
大丈夫なのかと心配されましたが、
抗がん剤投与休み中だったので体調も良く、
副作用も左耳の中耳炎と放射線治療影響による鼻炎による鼻づまりと
左頬の痺れと限定されています。

お通夜の夜、久しぶりにお会いする親戚と旧交を温めることができました。
岳父に最期のお別れもできました。
翌日は11時までセレモニー会館にいた後金沢駅に行き、
加賀屋さんで刺身御膳で昼食を食べました。
なんと、お刺身の旨みがわかります。
ご飯のふっくら感もわかります。
抗がん剤投与が終了すれば、そういう味わいが又楽しめるかもしれないと、
希望を抱くことができました。
12時になり、告別式の時間だなあと思ったら、
岳父に詠歌を贈ろうと急に思いつきました。
サンダーバードの乗って作った歌はこうです。

秋風舞青宙
我欲動白魂
家族一爲別
囲好暮楽天

秋風が澄んだ青宙を自由に舞っている。
(ああ、その風がなんとも羨ましい)自分も白魂となって自由に動き回りたい。
家族の者たちよ、しばし別れの時が来た。達者で暮らせ。
自分はあの世で好きなものに囲まれて楽しく暮らすさ。

漢文法の過ちはあるでしょうが、短期間に作ったので許して下さい。

それよりも、贈る言葉を作るつもりだったのに、
なぜか岳父の気持ちを表現した歌になっています。
妻や娘から、おじいちゃんらしい歌だ、と言われホッとしています。