ビールを飲んで夕食食べてぼんやりとテレビのニュース番組を見ていたら、
ビットコイン取引所を運営するマウントゴックスという会社が倒産した、という。
それを見ていた僕は、全く現実感がわかなくて、
別の世界の話をどうしてテレビのニュース番組で流しているんだろう、
という感覚だった。
ビットコインは僕にとってバーチャルなものだという認識しかなかったし、
関係がないものだと思っていた。
そのバーチャルなものが会社という形をとっていたことが驚きで、
その会社が法律的手続きに従って倒産したということも僕の理解の外にあった。

その時はそれで終わったのだけれども、翌日になって少しづつ僕は
「ああ僕は、もう時代についていけないようになったんだな」
と思うようになった。
そう思うようになると、
ビットコインは僕が時代遅れの男だと認識させてくれた記念碑でもあるわけだ。
せっかくだから、その記念碑がどんなものか調べてみた。

ビットコインの特徴は、全体の運営者がいないこと。
ビットコインはたとえるならばP2Pインフラ上に構築されたオープンな電子手形システムだ。
支払者は自分の持っている手形に裏書きして、取引履歴をネットワーク上で広報する。
受け取った者は同じように裏書きして、次の利用者に渡す。
ネットワーク上で流通する手形の量はアルゴリズムによって管理されている。
法的責任を持った発行主体がなく、誰も払い戻しを約束していないことが、
ビットコインに対する規制を難しくしている。
ビットコインには相場があって、価格が変動する。
それが逆に射幸性や投機目的に惹かれて参入している人もいる。

ビットコインは匿名日本人名人物:ナカモトサトシが発案した。
無政府主義者、サイファーパンクと呼ばれる人々の間での遊びとして使われ始めた。
2013年4月には欧州キプロスで通貨危機が勃発、
ペイオフが予定されていた銀行預金からの逃避先として
ビットコインが脚光を浴びて価格は高騰、総流通量は1000億円を超えた。
中国で外国為替規制を回避して国際送金できる手段として人気を博した。
2月28日の記者会見でマウントゴックスの代理人は、
2月に入って顧客からの預かり資産である約75万BTCと、
同社自身の持ち分である約10万BTCに加えて、
顧客からの預かり資産約28億円が消えたと発表している。
「システムのバグを悪用した不正アクセスかと思われるコインの送金が
正常に終了しない取引が増え、さらに不正な引き出しもあった」
このバグは取引展性 (Transaction Malleability) として2011年から知られており、
技術的な詳細はITproで解説している。
マウントゴックスの口座は米財務省FinCENの規制に従って本人確認されており、
再送されたコインを詐取しても簡単に足がついてしまう。
不正アクセスなどでビットコインワレットの秘密鍵が詐取されて不正に送金されたなど、
バグ以外にも問題があったと考えられる。

ビットコインについての解説から要点を抜粋してみたが、
仮装空間の遊びみたいにして作られたものが、
正規のルートではお金を動かせない人たちに利用され大きくなったら、
一般人も入ってくるようになった。
このまま放置できなくなった政府側は取引所として、
少なくとも本人確認を課すことになった。
(最低限の規制であり、ビットコインを通過と認可したわけではない)
そして倒産し、その損失額からみて相当人の被害者がいる?かもしれない。

この解説を読んで、30年間金融に関わってきた人間として言えることは、
ビットコインは通貨ではない。
解説にあるように手形のようなものとあるが、
現実の手形には手形振出人がいて、
その手形振出人は決済をしなければならない義務を持つことで、
手形に資金価値があることを裏付けている。
でもビットコインにはこの決済裏付けがあるのかどうか、解説に書かれていない。
もともと遊び感覚で作られたものだから、そんな「義務」はないのではないか。
今は通貨と言っても、スマホで決済できる時代、
手形といっても、電子手形になって手形用紙が流通しなくなっていく時代。
電子空間で資金が移動することが当たり前の時代にあって、
ビットコインがいかがわしいものか正規のものなのかどうかなんて、
普通の人にはわからないのではないか。

僕のような意見は経済や金融に携わる人たちに多い意見らしい。
一方でコンピュータソフトウェア開発に携わる人たちは、
ビットコインは素晴らしい発明だと主張する意見がある。
通貨は交換価値や流通価値を保証するために、
発行体がその価値を維持するための規制がある。
これが経済や金融の常識。
ところがソフトウェアでは、開発者の自由な発想やアイディアこそが命であり、
それらが規制されることを嫌う。
それが混在となり、規模が大きくなったことが
こういう事件の根底にあるのだろう。

ソフトウェア側はこれからも、
いろんな規制をジャンプするようなシステムをネット社会に送り出して行くのだろう。
それは既成の社会から見ればアナーキーなものとして捉えられるだろうが、
はっきりした規制ルールもないので、
疑問を持たずにそのシステムを使う人が出てくるのではないか。
そんなことについていけない僕は、
触らぬ神に祟りなし、をモットーにして時代遅れの男になるのだ。