リーマンショック以降、ブラックスワンという言葉が注目されるようになってきた。
ここで言うブラックスワンは、
映画(ナタリー・ポートマン主演の『ブラック・スワン』)のことではない。
出どころは、ナシーム・タレブという人が書いた
『ブラック・スワン』という著書。
意味は、
「かなり異常で大きな衝撃を与えるにもかかわらず、
そのことを“あと知恵”でしか説明できないにもかかわらず、
それなのにそれはあらかじめ予測していたんだと
まことしやかに説明してしまうような、そんな現象」
のことを指す比喩である。
良く解らない?
以前プロ野球球団を買収しようとして有名になり、
その後刑務所に入ったH氏がよく使った、
「想定内」という言葉を思い出していただきたい。
何が起こってもH氏は「想定内です」とインタビュアーに答えていた。
本当に全てが想定内だったろうか?
彼はいくつもの「想定内」の事態を経て、
結局のところ、実刑判決を受け刑務所の中の人となった。
さすがに実刑は、想定外だろう。
彼は、諸々の事態を「説明できることであり、
理性の範囲内にあり、従って驚くようなことではない」と甘く見ていたことになる。
このH氏の態度を、ブラック・スワンと呼ぶと
理解していただければ良いと思う。

それとも、福島原発のことを想起された方もいるかもしれない。
「原発は安全です」と言われていたにも拘らず、
想定外の大事故が起きた。
ところが、事故後専門家達は「原因はこうです。
だからこういう対策をすればコントロールできます。」
と言っている。
これもブラック・スワンと言っても良い現象を帯びている。

ブラック・スワンの世界は複雑だ。
「本当のところ世の中は何が起こるか解らないし、
何が起きたとしてその原因がすぐには解らないものである。」
という文脈が、このブラック・スワンの言葉の中にある。
福島原発事故を経験した我々には理屈はともかく、
感覚的には頷けることかもしれない。
しかし、福島原発事故が起こる前だったら、
多くの現代人がこの言葉にいくばくかの心理的抵抗を感じたと思う。
(確かに不確定要素はあるけれども、世の中に秩序はそこそこあるはずだ)
そして、金融工学に関わっている人も秩序があると思っている。
だから、人よりも詳しくその秩序を理解した者が利益を手にすると、
金融工学をビジネスに活かそうとする人は考える。

米銀大手のJPモルガン・チェースのダイモンCEOは、
昨年の自行の年次報告書で、
「どの岩陰にもブラックスワンが隠れている」と書いた。
ダイモンCEOはどういう意図でこれを書いたのかは知らないが、
(勝手に推定すると、ブラックスワンはどこにでも隠れているけれど、
我々は監視し正しい執行を行うので支持して欲しい、だろう)
今年JPモルガン・チェースはデリバティブ取引の失敗で多額の損失を蒙った。
1000億とも2000億円とも言われ、
そして未だに損失額も損失が発生した仕組みも確定していない損失である。
ダイモンCEOはこの事態を発表し説明する時に、
「欠陥のある複雑な取引で、執行や監視面で不備があった」と言っている。
こういうと、欠陥を補い不備を正せば管理可能なように聞こえる。
しかし、実のところその複雑さゆえに管理可能にすることは無理なのだ。
デリバティブ取引を組むことそのものが、高度で複雑であり
誰にでもできるものではない。
数少ない専門家がその担い手になるしかない。
それに、そもそもどんなに高度な計算を組んで組成したデリバティブ取引であったとしても、
それが「何がが起きても想定内として対応できるような仕組みを組むこと」は不可能である。
制御に無理がある場合の対処法は、
本来「想定外のことが起きる」ことを想定して、対処する必要がある。
想定外のことが起きたとして、それでいくらまでの損失なら銀行として許容できるのか、
事前に決めておくことは最低必要である。
しかし、あまりに高度化したデリバティブ取引では「想定外を全て想定する」
ことそのものができない状況になっている。
(それは、リーマンショックの時に明らかになった)
加えて銀行内に専門家以上に詳しい人はいないということだ。
その複雑なデリバティブ取引を、専門家自身が
損得勘定を持って取引を行ったらどうなるか。
その専門家がどういう意図を持って取引を行っているのか、
実のところ彼の周りの監視者には判らない。
いや、専門家自身も自分がコントロールできないことが起こり得るということが
わからずに取引を行っている。
銀行の経営者がいかに頭の良い人であったとしても、
デリバティブ取引は日々複雑化しておりその仕組みを詳細に理解しているはずもない。
専門家自身が全てを判らないまま行っていることを、
実施者よりももっと判らない人が監視していても、
それは監視していることにはならない。
こういう構造であるから、そもそもこの手の監視には不備が内在する。
ましてや専門家がモラル(損失が出た段階で、(たとえ首になろうが)
失敗し損失を出しましたと明らかにする勇気)を失ってしまっていたなら、
損失がどれだけ膨らんでいくのか誰にも判らない。
JPモルガン・チェースのようなことは今後も発生しうるのだ。
「もはや複雑すぎて管理できない」と金融工学の専門家が、
米銀の現状を評している。

でもJPモルガン・チェースは自己勘定における
デリバティブ取引を辞めようとはしない。
(自己勘定とは、後で説明します)
理由はいたって簡単で、デリバティブ取引を辞めると
銀行は儲からないから。
日本の銀行も収益の多くを国債の売買収益で稼いでいる。
銀行の本業である預金貸出収益では、巨大企業になった
銀行の所帯を維持できないようになっている。
国債の売買収益とは、国債をお客様に売買収益を指すわけではなく
(勿論その収益もあるけれども収益額は小さい)、
銀行が損することも得することも全部自分の責任で、
売買取引を行う(これを自己勘定と言う)ことによって発生する収益を指す。
自己勘定取引とは、株の仲介業務を行う証券会社が、
自分の責任で株式売買を行うことと同じだ。
(証券会社の自己勘定売買は、原則禁止されている)
程度はともかく、「収益を稼ぐ」ことを最大の使命と考える米銀のCEOは
デリバティブ取引に規制をかけることに反対している。
リーマンショック以降、規制をかけようとする政府の動き
(ボルガールールと言われました)に対し、
率先して反規制を主張してきたのはダイモンCEOである。
でもこの損失事件によって規制をかける動きが強くなるかもしれない。

ブラックスワンとはどういうことを指し、
どういうことが起こり得るのか、わかっていただけただろうか。
ブラックスワンがどうして発生するのか、
複雑だが基本的なことを列挙しておこう。
まず、何が起こるかわからない世の中を、
コントロール可能な秩序ある世の中にしたいという、根源的欲求がある。
そのために世の中の仕組みを理解し解析し、
その原因と結果を解き明かす運動が永く行われてきた。
また、事象をまとめてみると確率という捉え方ができると思い(思い込み)、
全ては「リスク」で把握可能だと考えるようになった。
(想定外に思考を巡らすことを疎かにするようになった)
これらに合わせて、規模を追求し、
利益を追求する資本主義のエネルギーが人々を駆り立てた。
科学も技術も専門化し複雑になり、
専門家も想定外をコントロールできないようになってきた。
しかも、規模はどんどん巨大になった。
ブラックスワンは世の中のあちこちに隠れ住むようになった。
ブラックスワンが一度人々の前に現れる時とは、
巨大で深い損失が明らかになった時であり、
それはコントロールできていなかったことが明らかになった時である。

これは金融だけのことではない。
巨大で専門化した世界には、ブラックスワンが潜んでいると考えた方が良い。
原発もその一つである。
大飯原発を再稼働するかどうかについて、政府にはこれを踏まえて答えを出してもらいたかった。
再稼働賛成なら、
エネルギー確保のためにやむを得ない判断(電力消費抑制では乗り切れることができず、
又再稼働しない場合のマイナスを明らかにして)で、
そのために事故が起こり得る可能性はこれほどで、
事故が起こればどの程度の被害が起こるかを明らかにすべきだ。
再稼働しないなら、
国民に電力消費抑制の負担を強いそれによる損失もどの程度と予想するが、
それは事故が起きた時の被害には代え難く、
日本はこの困難を乗り越えられる、
と言うべきである。
また、日本のエネルギー政策はこういう風に進めるから、
一時的対応として、どちらかを選択したいと言うべきだ。
その上での政治判断であれば、聴きようがある。
自分が賛成にしろ反対にしろ、
政府がそう判断したということは認識できただろう。
しかし野田総理の大飯原発再稼働決定の発表には、
自分が期待していたことは何も言っていない。
確信部分をうやむやにし、さも国民の安全を考えているように装い、
何が政治判断の根拠なのか、わからず仕舞いにした。
一言で言ってしまえば国民を愚弄しているのだが。
昨年の福島原発事故でブラックスワンが国民の前にその姿を現したのにもかかわらず、
そのことを直視せず、意味の判らない言葉を弄し、
何も変えようとしない民主党野田政権はとても危険な政権と言えるだろう。
それは、リーマンショック以後もデリバティブ取引規制に反対し、
巨額の損失を出してしまったJPモルガン・チェースと重なってしまうからだ。