人と比較された時


なにか、あれ?というような気持ちをみていたら、

比較された悔しさ を感じました。


なぜ、悔しく思うのか?


自分が人と比較していたからです。


「私から抜けます」



と同じような言葉を使って


カモフラージュしていた



ことにも、気がつきました。


また、自覚したら、すぐ表現しなきゃ、


という弾くような、



浅いところで表現していたこと。


それは、ずっとあった私のパターンです。



根強い癖という考えがあります。


いま、それを、深いところで感じます。



過去の事柄で判断して、人を決めつける


考え。



前もこんな事があったから、今回もそうだろう。


ということで、


そのような現実をつくりました。


相手が、ではなく、



私が、色眼鏡をかけていました。


自我です。


最近、自宅によく帰っていますが、


「片付けたい」といって一向に進まない


片付け


取っておくか、捨てるか


決められない心。


先延ばしにする考え。


心の濁りと共に


処分します!


いま、この瞬間、神聖なる私で存在していることを、自覚します。


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私の世界を複雑にしてきた考え


「そっか〜」

と選び変えてゆく楽しさ。


自覚は楽しい!


熱海の出家で、色濃くでた

わたしを自我にいとどまらせる

自分を小さく見積もるくせ。


「この後に及んでこんな自我が出てしまった」

と自虐する私が、どこにも!

みつからない。

痛めつける考えも浮かばない。


三次元の世界が、本当の世界だと思っていた時は

現実をよくすることが当たり前でした。


現実か?

目覚めか?


昨日も出家道伴さんの自我が強烈にでました。

それをつくっている私。

それを自覚の機会にできる私。


私は真実の私に目覚めることに

これからの人生を使うことが明確にあります。


「二兎を追うものは一兎も得ず」

そのことわざのごとく

両方つかむことはできないのです。


だれかを良くしなきゃ

なんとか人の役にたちたい。

という発想


自分を真に信頼していたら

人からの感謝で、私の中を埋めるみたいな構図が

まったくの喜劇にみえます。


過去世でずっとやってきた 

心の垢であり

心のおごり。

それを完全に手離すチャンス!


自分への信頼が増すにつれ

人も完全であり

助けたいという考えが

なくなりました。


house101でも、

道伴さんに

「龍樹に言いつけて、こう言っていたと印籠をみせる」

その事柄に

反発する私から


そうおっしゃるのも無理はない。と

俯瞰して見えた時


強い人をつくり、力をみて、

正しさを主張する私を自覚できた瞬間でもありました。


自覚して、私を知っていく楽しさも同時に湧き上がりました。



「時空を超えるとき

1ミリの自我も持ってはいけない」


先を歩んでる道伴さんの言葉が響きます。


共振共鳴を私のために使うという意思。


私の中に神秘の鍵がある!



喜びです!

私が、何度か口にする


口にしなくても、意識する


もったいない という言葉


もったいないオバケに取り憑かれていた!



house101の物置の不用品(と思っていた)


 

を、もったいないから使える人に




使ってもらおうと処分したことで




大家さんの不信感を生み出した。




生み出せない意識



制限の中に常にいるという意識


それを考えで認めないようにしたけれど



ノックが大きくなって



やっと私も認めることができました。


限りある から大切にする


その意識が問題なのだ。


限りあるという制限の自我



自我を自覚するからこそ



そこから離れることが出来る


まさしく、チャンス!!


new realityに出逢い、


だいぶ薄くはなったけれど



もっと、制限から出て行ける!


さらに私を解放できる!


無条件の愛に触れ続けて、



制限を外し続けてきた私を認めます!




この惑星にきた意味を思い出し、



あらわすということを



使って腑に落としてきました。




私にとっては、公開と対話は大切なツールです。




師匠、この場をありがとうございます。


そして、光の道をゆく道伴のみなさま、ありがとうございます!


house101から離れて

8月は家に帰っています。



いままで、感じなかった私の快適さが

分かるようにもなり

「いまこの瞬間何したい?」と私に聞く

そして行動する。


数年ぶりに、知り合いから、逢いたいと連絡がありランチしました。


心理学の切り口で、相談室をしている彼女は

世俗の葛藤の中で、

スピリチュアルやバシャールの情報がすっと入ってくると、


会話しながら、あらためて自覚の大事さを

感じました。


絡まった思考が、するすると解けてゆく。


自覚は何にも勝る宝剣 とはまさに!


むかし、僧侶の師匠のような方に言われました。


「あなたはホンモノのお坊さんではない。楽しいことしかしてない。」


出家して

ほんとうに、この世でいう、ホンモノのお坊さんではなくて良かったと思うばかりです。


そして、光の道に進むきっかけをくださったその方に感謝します。



先日は、感謝の行為を押し付けて

道伴である娘に

「気持ち悪い」と言わせましたが

「それを私がつくってるんだね.ほんとうに私から抜けます」

とも。


そんな環境を、稀有で貴重だと

思うのです。


自我を見定めて、私から抜けます!


もといた心の場所。


神聖なる私に戻っています。


ますます!


惹かれたらご連絡ください。

ライオンゲートの次の日の今日。

8月9日

3年振りに友人にあいました。


最近、私に興味を持って下さる昔の知り合いの方が多いです。


普通の主婦から、パン屋になり、そして
僧侶になった過程も面白いし


いま、何してるのかな?

と思われるのも自然です。


いまは、心を共にする方々と
シェアハウスで共に住んでいます。


これからは血縁より、御縁で結ばれて
というのが、とても自然な感じがします。


震災の翌年、パン屋をやめて、僧侶になろうと決意したこと。


真理を探求するために、ニューリアリティー
の堺さんご夫妻に出逢ったこと!


そして、マスターゲート  の自覚に逢ったこと。


そうそう、ロサンゼルスにバシャールに逢いに行ったことも伝えたら


彼女もバシャールが響くそうです。



心の話しは尽きない。


また、続き書きます。