熊本・宮崎ツーリングダイジェスト 六日目 人吉~湯前。(2/2) | 水辺の土木遺産

水辺の土木遺産

水辺の土木遺産、冠水橋や流れ橋、石橋やレンガ樋門など、自転車で見て回りながら、ついでに狛犬なんかも追いかけています。

今週は残業が厳しくて、平日は余裕がありませんでした(^^;)

 

さて、

球磨川に戻る途中で石アーチの大正橋を鑑賞。

 

 

藪の中で足元までぬかるんでいて、靴下までぬれてしまいましたが、

こちらは相良村役場前に移築保存されていた橋と同じ石工さんの作だそうです。

 

そこからくま川鉄道沿いに出まして、

 

 

こちらは駅前のお地蔵様。

お社まで石造りで見事です。

 

さて、くま川鉄道ですが、

 

 

こうしたプレートガーダーも、

 

 

こうした小さな鉄筋コンクリートの函渠も、

竣工時期が古いため、地味に国登録有形文化財になっていたりします。

……プレートはついていませんが。

 

さて、途中で宿をとり、チェックインして荷物を下ろして身軽になったところで昼食!

……と、思いましたが、チェックインできるような時間になると、

そもそも飲食店は昼休憩で開いていません。

コンビニで菓子パンを買って飲み物で流し込んだら、

 

 

百太郎溝沿いを走ります。

 

百太郎溝、そのまま「ひゃくたろうみぞ」と読みますが、

『溝』というのは、熊本辺りでの「井手」と同じように、

人吉盆地辺りでの用水路のことを指す言葉。

 

人吉盆地は基本的には扇状地になっておりまして、

一番低い位置を流れる球磨川にはいつも水がありますが、

山裾から球磨川に向けての緩斜面になった平野部では水が地下に潜ってしまい、

平時には水の流れていない川ばかりで、そのままでは耕作に適していません。

 

そのために16世紀辺りから、農民主導で開削された用水路が百太郎溝で、

球磨川から取水して、球磨川と並行する形で、緩斜面の半ばから球磨川にかけてを潤します。

 

水量も豊富な百太郎溝ですが、地味に川との交差地点が面白くて、

上の写真よりも少し下流域になりますが、

 

 

ここなどは川の水がそのまま百太郎溝に合流しつつ、

多すぎる場合にはそのまま川の下流に水を流すためのゲートを備えています。

 

 

ここの場合には川の下を潜り抜ける伏せ越しになっていますが、

見ていただきたいのは白い乗用車と川との中間あたりの護岸です。

水が溢れているのがわかるでしょうか?

 

伏せ越しのついでに逆サイフォンで用水路の分水しつつ、

百太郎溝の水が多すぎる場合には、ここから川に水を流してしまう余水吐きにもなっているようです。

 

そして頭首工に辺りにあるのが、

 

 

移築保存された江戸時代の百太郎堰の石の樋門です。

 

百太郎というと、私の世代だと頭に「うしろの」とつけたくなりますが、

何となくお察しいただけるかと思いますが、百太郎というのは人命、誤変換ですが、

割とちょうど良いので残しつつ、百太郎は人名になります。

 

ちょうど良いというのも、

うしろの百太郎も人命も、この名前の由来を表すのにはそう間違えていなくって、

竣工時期も明らかではない民間普請の堰だけに、百太郎さんには諸説あるようですが、

占いに出てきたとおりの柄の服装をしていたというだけで人柱にされて、

堰に繋がれて一晩中恨み言を叫びながら亡くなった村人の名前とも、

最初の堰が流されてしまったために責任を取らされて人柱にされた設計者の名前ともされるようですが、

概ね、この席の人柱にされた人の名前というところは共通するようで

……救いのない話ですねぇ。

 

ですが、特別な指導者もなく、

江戸時代の農民たちが作った用水路だと思ってみれば、

その迷信深さも、そんなものかもしれないという気にはさせられます。

 

 

こちらは先ほどの公園の対岸から、

曲斜堰の百太郎堰越しに眺める頭首工。

 

百太郎堰からそう遠くない場所にあるのが千光山生善院。

 

 

門前の左右に猫の像が固める通り、通称は猫寺で、

天正十年(1582年)に相良藩への謀反を企てていると、

無実の罪を着せられて寺ごと焼き討ちにあった僧侶の母が、

かわいがっていた猫に末代まで相良藩を祟るように言い含めて世を呪いながら自害。

猫の怨霊に苦しめられた相良藩が、怨霊を鎮めるために建立した寺とされています。

 

なんとも救いのない話ですが、

この辺り、こんな話ばかりですね(^^;)

 

あまり可愛げのある像ではありませんが、

こんな由来を聞いてしまうと、それも仕方がないところですか。

ともあれ、狛猫一対は随分久しぶりです。

(ネコ科なら、八代でも狛ライオンを眺めたばかりですが)

 

さて、くま川左岸=南側に戻りまして、

そろそろ日暮れですが、

 

 

石アーチの古町橋。

そして近くには同じく石アーチの下町橋……

 

 

残念、ちょうど補修工事中で通行止めのために接近もできず。

暗くなる前に、あと1つだけ、ここで訪ねておきたいところがあります。

 

ルートを検索しますが……GoogleMapさんたら、

この橋を通過して行けとかいうんですが、だから通行止めですってば。

 

ところで、GoogleMapのルート検索って、ツンデレなところがあるのをご存じでしょうか?

いや、デレはないんですが。

 

ルート検索の度に、通行止めを突っ切れとか、

歩行者モードで検索していても、遊歩道を無視して車道で遠回りしろとか、

無茶苦茶なルートばかり提案するから、

目的地到着時の評価を「悪い」ばかり入れていると、

突然、ルートの音声ナビがなくなるんです。

ツンですね(^^;)

 

自転車で使うには、突然こういうことをされると非常に不便です。

仕方がないので良い評価を付けていると、音声が復帰します。

一応、デレ?(^^;)

 

ですがまた、

実現不可能なルートを提案するので、提案とは異なるルートで進むと、

またもや音声ナビをしなくなります。

 

……それならまともなルートでナビゲーションしてほしいっす。

 

 

こちらは道中で見かけた、

刈り取りの済んだ田んぼの畔に設置された謎のポール。

奥の2つは旗の掲揚台のようになっていて、

手前の一本は竹かごの上に藁みたいなのが全方位にたらされて、

その上にはススキか何かがくくられていていて、

収穫を祝うような何かでしょうか?

 

こういうの、とても気になります。

 

そこから高低差はちょっとした丘程度ですが、

斜度がなかなかきつい丘を越えた先にあるのが、この日の最終目的地

 

 

幸野溝になります。

 

百太郎溝に続いて、こちらも『溝』は用水路のこと。

『幸野用水』的な意味だと思っていただければ良いでしょう。

 

民間普請で1680年ころには運用が開始されていた百太郎溝に対して、

幸野溝は相良藩の普請で、元禄9年(1696年)の竣工です。

 

距離的には近い辺りからの取水で、後から幸野溝が必要なのか? というと、

取水位置は近くても、丘を越えた向こうという通り、幸野溝は取水する高度が少し高いのです。

 

そのために、

百太郎溝が人吉盆地の球磨川から南側の緩斜面の半ばから球磨川にかけてを潤すのに対し、

幸野溝は山裾辺りを球磨川と並走して、球磨川の南の緩斜面全域を潤しますが、

せっかくの2つの溝=用水路ですから、

山裾から百太郎溝までを幸野溝で、百太郎溝から球磨川にかけてを百太郎溝で、

田畑を潤しているようです。

 

ですがそれならば、

最初から幸野溝の位置で取水すればよかったのでは? というと、

そこは丘を越える必要があるので、相良藩の普請でなければ無理だったということになります。

 

上の写真では2つに流路が涌かれていますが、

写真の向かって右手に分かれた流れは近代に造り直された水路隧道を通り抜けていて、

手前に来た流れは水路管へと流れ込みます。

 

 

その流れはこの柵の向こうに向かいますが、ここからがポイントです。

この柵の切れ目には階段がありまして、階段を下りた先にあるのは、

 

 

樹脂製の水路管で今も田畑を潤す幸野溝の分水。

それが通過しているものは、元禄起源の江戸時代の合掌造りの水路隧道です。

 

現役の水路の一部という事で、

入り口付近の50m程度だけを楽しませていただきましたが、

普通の道路わきから普通にアクセスできる江戸時代の水路隧道とかビックリですよね。

案内看板の類も一切なくて、事前情報もほとんどなし、

現地の状態がどういった状態かも良くわからないままに訪ねましたが、

想定外のウェルカム状態のオープンな管理は、それはそれで驚きでした(^^;)

 

あとは宿に帰るだけ。

来た時とは違うルートを向かうと、

人気のない山の中に、割と立派な神社があったのでついでに寄り道。

 

 

ここも人の気配もないのに、

真っ暗な中で拝殿にだけ明かりが……。

 

 

こういう管理にはびっくりですが、

秋の大祭の時期だからなのか、それとも常時こんな管理なのか、

常時これだと、拝殿の中の掃除が大変そうで心配になるのですが……。

 

せっかくですから、くま川鉄道終点の駅でも見ていきましょうか。

 

 

駅を撮影していたら、

夕方のパトロール中の警官に声をかけられてしまいました。

どこからきて、今夜はどこに泊まるのか? 変な場所に泊まられても困るとか思われたのでしょうか?

この二日前は道の駅でテント張っていたので、さもありなんといったところですが(^^;)

 

千葉から飛行機で来て、一週間だけの夏休みツーリング中。

宿の場所を告げると、納得していただけました。

 

宿の近くでラーメンか何かで軽く済ませようと思ったら、

GoogleMapで表示されたメニューはお昼のメニューだったようで、

夜は居酒屋メニューの上に、ご飯ものは一切なし。

仕方がないのでうどんと、

 

 

鳥刺し、

 

 

鳥タタキ。

鳥の刺身メニューとか、関東じゃなかなかお目にかかれませんからね。

なお、飲み物はグレープフルーツジュースです。

 

 

そしてこちらが今夜の宿。

静態保存のブルートレインです。

 

 

ブルートレインなので、お部屋はものすごく狭いんですが、

こういう宿泊施設、一度は使ってみたかったんですよね。

 

 

こちらは宿泊の領収書(笑)。

 

禁煙マーク付きですが、部屋では飲食も基本的に禁止。

受付のロビーになっている車両が食堂になっていて、

持ち込んだ飲食物はそこで食べることになっています。

 

トイレは元のトイレは閉め切りになっていて、

トイレの脇から段差もなくシームレスに、

車両の外に増築された普通のウォシュレットの綺麗なトイレにアクセスできるようになっています。

 

お風呂の方は、

宿から百メートルほどの場所にある公共の入浴施設の入浴券付き。

 

お値段も安いし、雰囲気も良く、

たまにはこういう宿も良いものです。