ちょっと古い話しですが、

5月26日(日)のお話しです。

「あの板バネのスポーツ義足はどんなのか?」知りたくて東広島まで体験しに行って来ましたよ。

このイベントは中国新聞朝刊の記事に掲載されていて興味持ったからです。

主催は広島国際大学の谷口教授と学生さん。

今回義足体験するのは障害者では私を含めて3名と近くの小学生多数の参加です。

障害者では一人は中学生風の男の子。

もう一人は龍司でした。

龍司は「もう一人は誰かと思っていたら安井サンでしたか!」だって。

それとソケットは今使っている義足のソケット使ってやるんですね。

セッティングして頂きいよいよ装着して義足に体重掛けますがちょっと怖い…。

谷口教授の肩を借りて何とか立ち上がり歩くんですが、

自分から脚を振り出さなきゃいけないし、

足を地面に叩きつけるみたいな感じで着地しなきゃいけません。

いつも使っている常用義足ではそこまでやって無いので力が要りますし、

私の断端10cm位しかないし、

切断してから49年も経過しているから力もないし筋力がないので難しいです。

しかし、それで諦める訳にはいきません!(笑)

何度も何度も歩いているとコツが分かって来ましたよ。

少し脚を速く出せば早歩きからジョクぽっく出来る感じです。

ただ転びます(泣)

何度転んだか、、、(汗)

転ぶ時っていきなりなので地面に腕立て伏せになっちゃいます。

せっかく治りつつある手首が痛くなっちゃって。(泣)

原因は義足が地面に引っ掛かって義足が出て来ず転んじゃうんです。

こんな私を見てらっしゃった谷口教授やパラスポーツ協会の方が、

私をおだてますよ。(笑)

「最初からこんなに走れるなんてやはりトライアスロンされているから運動能力が高いですね!」とか言われましたが、

龍司も今回初めてなのに走っているしで口が上手いなって思いましたね。(笑)

そして今回のゲストはあの「走り幅跳びパラ女子アスリート中西摩耶さん」です。

初心者にも分かりやすいくご指導頂きました。

ただ他の二人には出来ても私には出来ない事が多かったのも事実です。

それと義足の値段が高いですねーーー!

普通使っている義足は補助が出るので自己負担は大した事ないのですが、

スポーツ義足は補助が出ないので全額負担となり、

年金生活者の私には手が出ません。。。

まぁ今さら義足使って走ろうとも思いませんが…。

今回は体験してみたくてやっただけですのでね。

(18)からの続きです。

ちょっと書き忘れていましたが、

結局悩んだ末、「回復期の病院」リハビリ病院に行く事に決めました。

そして1月5日金曜日。

面会行くと相談員さんからリハビリ病院を幾つか提案して頂き面会の緩い方に決めました。

緩い方って書くと変ですね!

様は面会時間や週の面会日数が多い方です。

これから病院のベッドが空けば転院となるみたいですが、

なかなか空きがないみたい。。。

また、母は「要介護5」になるのでそれでも入院を引き受けて頂ける事が条件です。

今日も面会行くと好きな歌手の唄を聴かせました。

少しでも脳の刺激になり良くなって欲しいから。

また、私たち家族に出来る事は「心のケア」しかないと思うんです。

「心のケア」って大切だと思うんですよね!

毎日毎日面会に行って声掛けて話し掛けて。

短い時間ですが自分の出来る事を精一杯やる!

後で後悔しないように。

倒れてから私の中での優先順位は何があってもまずは母がNo.1です!

どんな用事があろうが後回し。

そう決めています!

(17)からの続きです。

世の中はお正月です。

でも病院内はお正月なんて関係ありません。

看護師の皆さん忙しそうに働いでいらっしゃいます。

今日は母の好きな歌手の唄を聴かせて上げようと思い、

スマホからイヤホンで聴いて貰いましたが、

分かったかな?

「少しでも脳の刺激になって良い方向に向かえば良いな!」って思います。

そんな中お正月も明けて病院から「次の病院決まりましたか?」と連絡が入り、

先生からお話しがあるとの事で説明を聞く事になりました。

先生の話しの内容は現状と今後についてのお話しで、

94歳という高齢だしこれからリハビリしても回復は難しいと…。

「もしリハビリ病院入ってから苦しいリハビリに94歳のお母さん耐えれるでしょうかね?」

とか話されます。

また、「リハビリ病院は家に帰る為にリハビリするので、

お母さんの場合麻痺しているのでリハビリしても回復は難しいです。」とおっしゃいます。

それは分かっています。

立って歩ける様にはならないって。

でも、私の想いは少しでも良くなる可能性があるのならリハビリさせてみたいんです。

「何もせずに先生の言う事を聴いて療養型病院に入れるってどうなん?」って思うんです。

また、言語聴覚士にリハビリして頂ければ「飲み込む事が出来る様になるかも知れないし」、

「現状よりかは意思の疎通が改善されるのでは」と思ったんです。

そして、今の状態では寝たきりです。

そこを「もう少し車椅子にでも乗れる様になれば良いかな?」って思うんです。

だからと言って、

これ以上辛い思いはさせたくはないのです。

そんな事を考えながら、「まだ一ヵ月も経ってないのに…」

「次の病院探すなんて…」って思いました。

(16)からの続きです。

倒れてからこうやって新年を迎える事が出来るとは思っていませんでしたが、

何とか新年を迎える事が出来て嬉しく思います。

でも、母は毎日辛い日々を過ごしていると思うと素直に喜べないのも事実です。

さて、新年を迎え今日は元旦。

初詣にも行き母の早期回復を祈願します。

そんな中、母の今度について家族皆に意見を聞きました。

結局今後回復期の病院となるリハビリ病院に入院する事に対して最終的には長男である私が決め、

それに対して誰も意見しないという事になりました。

そんな元旦の午後いつもなら「元旦ライド」してますが、

気分乗らないしやる気もないし…。しません。

で、面会に一人行って来ました。

普通だったら「新年あけましておめでとう!」って言いたいのですが、

そんな事は言えません。

母は私からの問い掛けに応えてくれません。。。

悲しくて母に被さり私は涙が止まりませんでした。

その後、弟が来たらリアクション大きいし目も大きく開き声出していました。

それに対して「なんでやーーー!」って思いましたよ。(笑)

いつも面会に来ている私は珍しくないんでしょうね。

また最近慣れたのか、

自宅の母の部屋の灯りが付いていない事に慣れてきてしまいました。

慣れって怖いですね!

(15)からの続きです。

今入院している病院は急性期型病院になります。

治療が無くなれば退院しなければいけないのです。

こちらに母が入院してからは毎日毎日面会に行っています。

行く度に「今日の母は良くなっているのか?」

それとも「相変わらず悪いのか?」と期待と不安を抱きながらエレベーターに乗って上がります。

面会に行けばまずはミトンを外します。

帰る時にそのミトンを付けるのですが、

本人は嫌なので拒否のそぶりで手をグーにして入らない様にしたり、

私の手を握て放しません。

それを見ていると可哀想でならないんです。

でも仕方ないんです。。。

とっても辛いです。。。

そんな中、23日頃年内に病院変わった方が良いと家族の中で意見があり、

先日行った療養型病院に連絡し年内入院をお願いしましたが、、、

結局はやめました。

理由は忘れましたけど。。。

また、いつも面会に行ったら今日の日にちや曜日を教えていましたが、

大晦日が近づく頃には日にちを言うのを止めました。

「帰りたい」って思っても困るので。

ここの病院は日曜日も面会出来ますが、

大晦日、お正月も出来るんです!

これが良いですよね!

大晦日は墓掃除など一通りの新年への準備を済ませ母の元に行きます。

本人には今日が大晦日とは言わないで。

でも看護師さん達が話していたらどうにもなりませんけどね…。

年末の雰囲気は出さず「また、明日来るね」と言って母の部屋をあとにしました。

その後、家に帰ると年末ですからみんな帰って来ているので賑やかです。

その中に母の姿がなく一人病院のベットで歳を超すんだと思うと可哀想。。。