大屋根リングから淡路島も
かすかに見える。
これは、ノンフィクションなんだろう、
と思って読んでいました。
小池真理子さんのお父さんのことなのだろう、と。
主人公衿子は、5歳の時に、両親は離婚して、
それからは、母親と2人で暮らし、
父親は、その後再婚、そこにも娘2人がいます。
その異母姉妹から、
父親が、パーキンソン病と診断された。
と連絡が入ります。
再婚した後妻とは、長く折り合いが悪く、
ちゃんとした介護もしてもらえず、
冷たい態度に耐えられず、父は施設に
入ることを希望している、と言います。
父親は、歩くこともできず、喋ることも困難で、
手も震えて文字は書けなくなっていた。
施設を何とか見つけて、そこに入れた後、
せめて、何かで意思の交流をしたい、と
衿子は、ワープロを父に渡します
父は、そのワープロで、しばらくの間は
衿子に手紙を書いて来たり、俳句仲間とも交流があったようですが,…。
そのワープロが、父が亡くなった後、
衿子のところへ届けられます。
そしてやはり、父の日記のようなものが
残っているのですが、
それがやはり、とても辛くて😓
全く動けない、喋ることもできず、
何とか震える手で、ワープロで、
書いてあるのは、
自由にならない身体への嘆き、呪詛。
長く付き合っていたらしい恋人への
会いたい、という想い。
中でも、衿子への思い。
会いたい、来て欲しい!
りんごが食べたい。
妻は、冷たいけれど会いたくもないけど、
だけどもう一度、妻の作ったキンピラが
食べたい。
どんな病気でも辛いのは当然だけど、
こんなふうなパーキンソン病とか、
もっと言うならALSというような病気の
酷さは、精神や頭はしっかりしているのに
身体全体が動かなくなり、
コミュニケーションがとれなくなるということ。
その状態で、生きなければいけない、ということは
どんなに辛いことでしょう。
この本の中に、
脳出血の後遺症で、左目の瞼しか動かなくなった
男性が、それだけで、文字表を使い
「潜水服で蝶の夢を見る」
という本を書いたという話が出てくるけど、
その途方もない、本人と、介助者の努力を思うと、
とても自分に出来ると思えず💦
私はやはり決して何も残さないようにしよう!
と強く決意します。
終活はあまりする気にはならないけど、
日記の類は、どんなものでも、
早めに捨てておかなくては!
ただの
りんごが食べたい、
という言葉でも、残された者が読むと
哀れさや切なさ、後悔でたまらない気分になることはよくわかります。
私もそうでしたから😓
そして、どうやらこの本はフィクションではなく
小池さんが、お父様が残された俳句や
俳句仲間の話しなどで、ノンフィクションとして
書かれたものらしい、と最後の、後書きで
分かりました、が
最後に出てくる父親の
古いワープロを直してくれた
衿子の若い同僚に宛てたお礼のハガキ、
おかげで、少し言葉が取り戻せたことが
とてもありがたい、有り難うございます
ということ、そして
一度しかお会いしたことはない方ではありますが
衿子をどうぞどうぞよろしくお願いします。
と書かれた、
最後のハガキは、
本当に胸に迫りました。
これから、どんな病気になって、
どんな人生の晩年になるのかは、分かりませんが、
こういう本を読むと、身体が動くこと、
話ができて、食べることができること、が
本当にありがたいことだと思えます。
大事に楽しみたいと思います。
万博の予約を取るために、
イベントや天気を調べたりなど、しなくなると、
ホントにのーんびりした毎日です。
もうすぐ地元である同窓会のためにひさしぶりに
ホテルをとったりして、それから、
ユニバの年パスをとったり、
中之島のバラ園を見に行ったりしたいです。
これからは私の大好きな季節です。
それにしても、総裁選もいろいろ
あるようですが、
女性市長たちの学歴詐称だの、
不倫疑惑だの、
笑い話?と思うようです。
まぁ、笑い話で済む問題ではないのでしょうけど🤣