今からアウトプットします。


書く、話す、行動する、がアウトプット。

今からこの文章を書くので、アウトプットです。


アウトプットの反対は、インプット。

読む、聞く、見る、がインプットです。


なので、ヒロアキさんからすればアウトプットだし、これを読んでいるみなさんからするとインプットになるわけです。


また、この文章をアウトプットするにあたって、俺はどこかでインプットをし、それらが絡み合ってこのアウトプットになってます。


インプット、アウトプットを、両方とも「学び」と考えると、、


さて、どちらが学びになるでしょうか。


一見すると、みなさんの学びのためにこの文章を書いてるように見えますが、実は学びになってるのは圧倒的にヒロアキさんの方。


だから例えみなさんがこの文章を読んでなかったとしても、俺の目的のほとんどは達成されている、と言っていい。


ちなみに、脳科学の見地からすると、

学びが促進されるインプットとアウトプットの割合は、

インプットが2、アウトプットが8だそうです。

圧倒的にアウトプットの方が自分の実になる、ってことですね。


確かに、本を読んだりセミナーを聞いたりするのはある意味で簡単です。楽ちん、って言ってもいい。楽に学べる。


でも、アウトプットはそうは行かない。行動には勇気や責任が伴うし、文章書くには読み手に合わせた文章じゃないと読んでもらえない。

話すにも、聞き手のことを考えなきゃならないし、自分の立ち位置によって話し方も工夫しなきゃならない。


まぁアウトプットの方がはるかに面倒臭い、ってわけです。


成長にはアウトプットを増やす。

インプットを減らすんじゃなく、たくさんアウトプットするためにインプットも増やす。


ここまで読んでくれてありがとうございます。


今日もよし。


海子裕明

「今日という日は人生の中で最も重要な1日である」