今日は海に行かない。


なのに暗いうちからごそごそ起きることが習慣になっている実家からおはよう。



お盆の中、出勤のみんな有り難うございます。


今日も一日よろしくお願いします。




昨日の午後は、両親とともにおふくろ方の実家に行ってきた。


毎年お盆になると、おふくろの兄弟が墓参りとともに実家に集まることになっている。



6人兄弟の中で、おふくろのすぐ上のおばさんだけは家が少し遠いので昨日は来ていなかったが、大正15年生まれの長兄、恵おじさんのもとに集まる兄弟姉妹は、みんな驚くほど元気だ。



量こそ昔ほどではないが、ビール、日本酒、焼酎、ウイスキーを、


「これはどこそこの大吟醸で・・・」


「これはもったいないから薄めて飲んじゃダメだぞ」


とか言いながら、豪快に飲む。


おばの田舎料理のもてなしを受けながら、飲んで食って昔話に花を咲かせる。



話を聞いていて感じるのは、46歳の俺なんてまだまだヒヨッコだなぁってこと。


85歳の恵おじさんをはじめ、今ではみんなもう現役を引退しているが、何十年ものあいだ企業の第一線を走り続けて得た「知識」と、急展開したその時代の日本を生き抜いてきた「経験」と「知恵」の詰まった会話に、本当にただただ圧倒される。



特に昨日は、これまであまり聞いたことのない戦争の話になってね。


戦争経験のあるお年寄りが、その体験談を語るということをよく耳にすると思うが、このおじさん達からは今まであまり戦争に纏わる話を俺は聞いたことがなかったんだ。



今日15日が終戦記念日ということもあってか、自然な流れでその当時の話になった。




これまたあまり聞いたことのなかった、おふくろたちの疎開先での様子。


貧乏ながら、明るくたくましくおもしろく生きた、おじさんたちの子供時代。


でも、その話しから、子供の目からみた戦争の現状がどんなにひどかったのか、というのは痛いほど伝わってきた。



それがきっかけとなり、初めて聞くことがたくさん出てきた。



長兄が特攻隊の「予科練」の出身だってこと。


今まで、その話になることを嫌っていた理由。


仲間が次々と、行きだけの燃料を積んで飛び立っていったこと。


終戦のラジオ放送を聞いた時の気持ち。



今でも特攻隊の記念館に行かない理由。



「お国のために」、と子供を見送る時代でも、親の気持ちは今となんにも変わらないということ。



「だから戦争はやっちゃいけないんだよな」という言葉は、なんの理屈もなくストンと俺の腑に落ちた。



この戦争があって、たくさんの亡くなった方々がいて、終戦後のさらに苦しい時代を生き抜いて日本を復興させてくれたこの世代の方々がいて、そして今の幸せボケしている俺たちがいる。


それじゃあ申し訳ないだろうって。


もっとちゃんと生きなきゃだめだろうって。



このおじさんたちと話していて、俺がヒヨッコに思えるのは当然だと思った。




今日は終戦記念日。


いつの時代も先人たちへの感謝を忘れてはいけないが、今日という日は特にそういう日なのではないかと思う。


今の日本があることに感謝。


今の俺たちでいられることに感謝。



今日も一日、感謝でよし。