その1 では、仙台市の 蒲生地区 と 荒浜地区 を案内いただきました
そして、もう一カ所は、仙台市の南隣 名取市の 「閖上(ゆりあげ)地区」 へ

閖上 と言う地名、なかなか読めないそうですが、私は学生の頃に
仙台駅前から出る市バスに、「閖上行き」 と言うのがあって、なじみがありました
そして、どんなところか、一度行ってみたいなって想っていました
それが、こんな形で行くことになろうとは、30年前は夢にも想っていませんでした





最初に、閖上地区で一番高い場所である、「日和山」 に行きました
頂きの高さは、6.2m
自然地形では無く、漁師さん達が海の様子を見るために築いた丘だそうです

この上に立つと、閖上の地区一帯と、閖上漁港、そして、太平洋が望めます




日和山の頂には、もともとお社がまつられていました
津波で流されましたが、再建されています
そして、閖上地区の慰霊碑は、この頂の上にありました




お線香をつけていただいている間に、まわりを見回しましたが
建物は何も残っておりません
建物があった痕跡は、基礎というか、敷地のまわりを囲うコンクリの跡だけ

閖上地区は、もともと漁港と一緒に出来てきた地域だそうです
仙台の台所のような所もあり、年の瀬の買い出しとかで賑わっていた所
そんな街にも、津波は容赦無く襲ってきました

それも、日和山の高さの倍の、12mの津波が





その時、この頂きに避難していた人があるかはわからないそうです
そして、この地区の避難所が、2階建ての地区の公民館だったそうで
すっかり津波にのみ込まれています

津波が来た時に、日和山を優に超えるその姿を見て、公民館から
少し離れた、閖上中学校へと逃げた人も多かったそうですが
津波の方が早く、多くの人が波にのまれてしまったそうです




中学校の入り口の前のこの場所では、向こうに見える公民館からの道と
こちら側の中学校の間に、いち早く津波が来てしまったために
逃げ場を失ったそうです

閖上地区では、700人を超える方が、犠牲となっております


尊い命も、街も、港も全て波にさらわれてしまいました
いまは、休日のみですが、漁港に市が立っているそうです




その市の立つ建物は、カナダからの寄付により建てられたそうです
この日も、地元も、県外車も含め、多くの車で賑わっていました


最後に連れて行っていただいたところが




閖上中学校 です

中学校に避難した方は、助かったそうですが、一昼夜水は引かず
屋上での凍えた避難をされたそうです

そして、この地区での悲劇がもう一つありました
3月11日は、閖上中学校の卒業式だったそうです
卒業式は午前中に終わり、震災の起きた時間には、生徒達は家に居たそうです

仙台市の学校では、午後も授業があったため、学校にいた子ども達が
命を落とすことはほとんどなかったそうですが
閖上中学校では、14名の生徒が亡くなっています
中学校の前に、14名の名を刻んだ慰霊碑が置かれていました




慰霊碑の横には、2つの机に、きっと友からのメッセージでしょう
「いつも一緒だよ・・・」 と

慰霊碑の正面に顔を上げると
あの時間を刻んだままの時計が・・・





午後2時46分を、永遠に刻んでいました

中学校の前の慰霊碑に、お線香を手向け
しばらく佇ませていただきました
14の名前が、私にとっては、そこはかない切なさとして迫ってくるのでした


語り部タクシーでご案内いただく内容は、ここまででしたが
ドライバーさんのご配慮で、中学校の前にある
「閖上の記憶」 という、プレハブの建物に連れて行っていただきました




ここは、中学校の慰霊碑をお守りするための施設であり
生き残った人達が、集い、振り返り、語ることで、自分を取り戻していく所でもあります
この日も、2人の地元の方が、訪れる人達に、経験を話していました

閖上の記憶 の経過、活動、14人の慰霊碑のこと
そして、3月11日の津波のこと
映像で観させていただきました
言葉にはならず、ただ、目頭が熱くなるだけでした




予定の2時間30分はとうに過ぎ、午後1時近くになっていました
ドライバーさんからは、時折時間の余裕を聴かれ
大丈夫ですと申し上げる中で、予定外の場所もご案内いただきました
閖上の記憶 もそのひとつです

その一つひとつが、時間や、お金では買えないものなのだと
改めていま、想っているところです





仙台中央タクシーのドライバーの 千葉さんには、大変お世話になりました
この場をお借りして、御礼申し上げたいと想います

貴重な体験を聴かせていただき、また、その場所をご案内いただき
ありがとうございました

私たちに出来る事は、このことを、災害のことを忘れないこと
この地のことを、想い続けること
そして、そのことを、ひとりでも多くの人に伝え、忘れ去られないようにすること

今回のblog作製については、ドライバーの千葉さんにご相談して
人や、個人的なものが入らない範囲での写真撮影は差し支えないこと
感じたことを、人に伝えてもらえればよいこと
そんなお話を伺い、blog化することといたしました



~だけど こんな風に想ったりもするのです

   苦しいと感じる事が出来るから・・・ 人

     嬉しいと感じる事が出来るから人なんだと・・・ ♪~

  ( 「人と鳥」   沢田聖子 )



(今回も、ねぇねさん画像、使用させていただきました)



ペタしてね