イーロン・マスクはもはや「国家と一体化」した…資本主義を支配する「マスキズム」の全容
クィン・スロボディアン、ベン・ターノフ の意見
• 1 時間
2026.6.15
もはや資本主義は「マスク主義」に変わった。すべてのインフラをイーロン・マスクが支配するシステムを、アメリカでは「マスキズム」と呼び始めている。その定義とは?(本記事は、『マスキズム 新たな独占の時代』(飛鳥新社)の内容を再編集したものです)。
マスク個人ではなく、マスクが独占する社会システムという視点
誰もがイーロン・マスクには持論がある。
「人類をSF的な未来へと導く天才起業家だ」
「金融バブルを膨らませ、出生率についてわめき散らすクスリ漬けのミーム王だ」
あるいは、もっと最近なら――
「Twitterと、移民は侵略者だという不吉な予言で脳が腐った、極右の手先だ」
それぞれ見解こそ違えど、皆ひとつの点で共通している。誰もがマスクのことをひとりの個人として考えているのだ。
救世主。道化。悪役。中毒者。
しかし優れた歴史とは、個人の精神を越えて、その奥に目を向けるものだ。執筆者である私たち――歴史家とテックライター――は、「マスクとは何者か?」ではなく「マスクとは何の徴候なのだろうか?」を問うほうが有効ではないかと考えた。マスクの発言や行動に基づきながら、この問いへの回答を試みる。
大量生産大量消費の「フォーディズム」との違いは?
一世紀前、ヘンリー・フォードが自伝『我が一生と事業』を執筆してベストセラーとなり、それからほどなく「フォーディズム」という言葉が生まれた。ひとりの男から、新たな常識が生まれたわけだ。フォーディズムとは、組み立てラインから次々と送り出される車を意味するだけではなかった。大量生産と大量消費が結びついた20世紀の資本主義の代名詞となった。
マスクも同じように扱ってみたい。ほかでも指摘されているように、マスクはひとりの人間というより、「マスキズム」という世界観を象徴するアバターだ 。マスキズムも、マスク本人による造語ではない。フォードが自分で「フォーディズム」と語ったことがないのと同じだ。フォーディズムが20世紀のオペレーティング・システム(OS)だったとしたら、マスキズムは21世紀のOSと言いうるのではないか、というのが私たちの主張である。
フォーディズム同様、マスキズムも社会刷新の試みだ。だがフォーディズムは、万人の生活水準の向上を目指して社会のあり方を書き換えていった。
すべてのガレージに車を。すべてのキッチンに冷蔵庫を。そして生産性を上げることで給料も上がっていく。
自立したいと思うほど、マスクが必要になる
一方で、マスキズムは社会的な利益を万人に分配しようとするものではない。マスキズムが約束しているのは、テクノロジーによる自立である。
マスクは、ただ車やロケットや人工衛星を売っているのではない。彼が売っているのは夢物語だ。ますます不安定になりゆく世界において、国家も個人も、マスクのインフラに接続することで自立性を高めることができる。
しかし逆説的に、自立しようとすればするほど、マスクに依存することになる。各国はデータやテクノロジーを外部に依存せずに自立する「技術主権(techno-sovereignty)」の確立を目指しているというが、それはマスクの「ウォールド・ガーデン(壁に囲まれた庭)」への入口だ。そこは隔絶された「クローズド・プラットフォーム」であり、マスターキーはマスクが握っている。アメリカ国防総省もNASAもスペースXに頼っている。戦場においても僻地においてもスターリンクが手放せなくなっている。XもGrokも、国家のシステムに組み込まれつつある。マスクとの接続プラグを抜こうとするときに気づくのは、そのコンセント自体を彼が握っているということだ。
病的なまでのリベラル嫌悪と選民主義
技術主権は選別的でもある。ある人には自立をもたらすが、また別の人には排除をもたらす。押し寄せる移民の群れと、それを支援するリベラルたちは「社会正義に目覚めた思想ウイルス(ウォーク・マインド・ウイルス)」の媒介者であるため、追跡し、隔離し、思想を無力化する必要があると主張するように、マスキズムは世界をバグに満ちたプログラミングコードのように見ている。
周りへの「共感」は人間の思考というソフトウェアにおける脆弱性であり、悪意あるハッカーたちから「つけ入る隙」として狙われてしまうため、西洋は「文明の自死」へと向かっているというわけだ。「自殺的共感は自己免疫疾患のようなものだ。身体が自分を攻撃している」とマスクは語っている。
マスキズムには技術主権のほか、「排斥」という側面もある。コードのバグへの対策として、SNSの浄化、AIモデルのイデオロギー浄化、民族的異分子の大量強制送還などがおこなわれている。最終目的は、優れたテクノロジーで守られた、文化的にも遺伝子的にも欧米系の白人で構成される純化されたコミュニティを築くことだ。最も優れた人間たちを最も質の低い人間たちから守る要塞である。マスキズムの「ウォールド・ガーデン」は国家や家の壁を強固にするだろう。
非情になれ。国境管理は厳格化せよ。コードのバグは排除せよ。マスクは2025年、「寛容であることが西洋文明の死を意味するのであれば、私たちは寛容ではいられない」と、自身の2億2500万人のフォロワーに向けて投稿した。
国家とは対立せず一体化する
マスク本人ではなくマスキズムについて考えることの利点は何か? ひとつには、それを考えることでマスク自身への理解が深まる。いまだに多くの人が彼のことを政府嫌いのリバタリアンだとみなしているが、実際にはその逆だ。マスクは国家と一体化することで自身の帝国を築いてきたのだ。彼は火星を植民地化するという野心を繰り返し口にしており、自身のライフワークだと述べている。マスキズムのロジックからすれば、それは本気の地球脱出計画などではない――さらなる技術主権の追求に向けた、国家との交渉材料として使っているにすぎない。
ネット上の「煽り」で支持を広げる
マスクはネット上のペルソナも誤解されている。批判者はネット上のマスクに幼稚さや悪意を見ている。反対にファンたちは親しみやすさや嘘のなさを感じている。だが双方が見落としているのは、トローリング(ネット上の煽り)こそマスキズムにとっての基盤である、という点だ。どんなジョークも、どんなアンケートも、反応を探るストレステストである。
自分はまだSNSへの投稿で株式市場を動かせるだろうか?
まだ投稿でアルゴリズムと、その下敷きとなる訓練データを教育し、より右傾化させられるだろうか?
まだリプライ欄の常連たちへのアンケートという名の信任投票で民主主義の真似事ができるだろうか?
それは単なる遊びではなく、実験なのだ。意図的であるかどうかにかかわらず、マスクは人々からの注目をどこまで引っ張れるか、どこまで話を信じてもらえるかを測ったり操作したりしているのである。
マスキズムは、より人間性の希薄な未来を思い描いてもいる。自動化が進むことにより、人間は生産のプロセスから排除されていく。SNS、ブレイン・コンピュータ・インターフェイス、そして人工知能をとおして人間は機械と融合していき、マスクが言うところの「サイバネティック・コレクティブ(人と機械の融合ネットワーク)」を形成していく。マスキズムが謳う技術主権は、サイボーグの形をとるのである。
世界動向を左右する民間人
私たちは現在、マスキズムが隆盛しうる時代を生きている。民主主義世界全体において、既存の制度に対する信頼はかつてないほど低下している。極右勢力は反移民感情の高まりが追い風となり、1930年代以来となる最大の復活を遂げている――そしてマスクはその最も声の大きな代弁者だ。
ドナルド・トランプは国外ではリベラルな国際秩序を破壊し、国内ではアメリカの憲法秩序を激しく毀損している。ロシアによるウクライナ侵攻と米中対立の激化により、世界はますます分断され、疑心暗鬼が高まり、軍事化が進んでいる。イスラエルによるガザでの大量虐殺は、アメリカの民主・共和両党からの大規模な支援によって遂行され、国際法という最後の建前さえも粉々に砕いてしまった。
こうした世界の動向とマスキズムは非常に親和性が高い。テクノロジーを通じた主権というマスキズムの目標は、統合よりも独立の重視に傾く「脱グローバル化世界」の政治に見合うものだ。ある者には自立を、別の者には排除をもたらす点も、特定の集団が追放や死の対象として指定される近年の新しい反人道主義と合致する。そしてサイボーグに対するマスキズムの傾倒は、私たちの生活のあらゆる場面を、特に最近では人工知能にかこつけてより深くデジタル化しようとする政治・ビジネス界のエリートたちの「テクノ・マキシマリズム(技術最大化主義)」と重なる。
現在崩壊しつつある制度には、マスキズムが入り込む余地がある。混乱している社会も、将来的には新たな基盤の上で安定を取り戻すだろう。その基盤がマスキズムとなる可能性はある。
マスクは体系的な思想家でもなければ、ひとつの決まったイデオロギーを指針にしているわけでもない。私たちが注目しているのは彼の発言だけでなく、彼の行動と、そうした行動を誘発してきた歴史的な力学である。マスキズムは、「イーロン・マスク」と「時代」の相互作用のなかに見いだすことができるだろう。マスクが築こうとしている世界を理解するためには、マスクを築き上げた世界を理解する必要がある。
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大好調の意見
「現在崩壊しつつある制度には、マスキズムが入り込む余地がある。混乱している社会も、将来的には新たな基盤の上で安定を取り戻すだろう。その基盤がマスキズムとなる可能性はある。」との指摘であるが、信じられないというのが正直な気持ちである。