解説|日米の相反する金利の行方ー統計が示す真実とは

NEKO TIMES によるストーリー

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2024.9.7

 

NEKO ADVISORIES 岩倉です。毎週金曜日のNEKO TIMESは話題のニュースを取り上げ、経済・ビジネスのトレンドについて解説します。

今週の金融経済界は、テクノロジーセクターの激動と雇用市場の変化、そして各国の金融政策の方向性を占う各種統計に注目が集まっています。

 

米国半導体業界では、大きな変化の兆しが見られます。長年ダウ工業株30種平均の構成銘柄として知られる半導体大手インテルが、業績不振による株価低迷で指数から外れる可能性が報じられました。これは、テクノロジー業界の勢力図の変化を示唆する出来事として注目されています。

 

アングル:米インテル、株価下落でダウ平均除外の恐れ | ロイター

 

一方、AI関連銘柄として急成長を遂げていたエヌビディアにも異変が起きています。同社の売上高見通しが市場の期待に届かなかったことで株価が急落し、わずか3営業日で時価総額が2789億ドル(約41兆円)も減少するという衝撃的な事態となりました。これは米国の1銘柄としては過去最大の下落幅であり、AI関連銘柄への過熱した投資姿勢に警鐘を鳴らす結果となりました。(ブルームバーグ)

 

さらに、エヌビディアを含む半導体関連企業に対し、米司法省が反トラスト法(独占禁止法)違反の疑いで文書提出命令状を送付したことも報じられており、業界全体に緊張が走っています。フィラデルフィア半導体株指数(SOX)を構成する30銘柄全てが5.4%以上下落するなど、半導体セクター全体に影響が及んでいます。(ブルームバーグ)

 

雇用市場では、8月の米ADP民間雇用統計が発表され、9.9万人増と3年半ぶりの低い伸びとなりました。これはエコノミストの予想(14.5万人増)を大きく下回る結果で、労働市場の冷え込みを示唆しています。この結果を受け、9月17〜18日に予定されている米連邦公開市場委員会(FOMC)の動向に注目が集まっています。

 

日本国内に目を向けると、経済指標に明るい兆しが見えています。7月の実質賃金が2カ月連続で増加し、基本給は1992年11月以来、32年ぶりの高い伸びを記録しました。これは今年の春闘での賃上げ効果が反映されたものと見られ、デフレ脱却を目指す日本経済にとって好材料となっています。

 

この動きを受け、日銀の高田創審議委員は、前向きな企業行動が続けば金融緩和度合いのさらなる調整を進め、「金利のある世界」に移行する可能性があると述べています。(ロイター)この発言は、日本の金融政策が新たな局面に入る可能性を示唆しており、今後の展開が注目されます。

 

実質賃金は2カ月連続増、基本給32年ぶり伸び-日銀正常化に追い風 - Bloomberg

 

本日のニュースレターでは、これらの最新の経済動向を踏まえ、日本と米国を中心としたグローバル経済の現状と今後の展望について、より深く掘り下げていきます。

実質賃金上昇の実像:一時的好転か回復の兆しか

厚生労働省は7月分の毎月勤労統計を発表しました。実質賃金(現金給与総額)が前年同月比0.4%増と2カ月連続でプラスとなり、一見すると日本経済に明るい兆しが見え始めているように思えます。しかし、この数字の内訳を詳細に見ると、実態はより複雑であることがわかります。

 

上昇の主因は夏季賞与を中心とする「特別に支払われた給与」の6.2%増であり、一時的要因の影響が大きいと考えられます。基本給を中心とする「所定内給与」も2.7%増と31年8カ月ぶりの高い伸びを示していますが、これは春闘での平均5%を超える賃上げが反映された結果と考えられます。

 

ところが、実質賃金のうち「きまって支給する給与」が前年比マイナス0.8%となっています。これは、賞与などの「特別に支払われた給与」が大きく増加した一方で、基本給や残業代を含む定期的な給与部分が実質的に減少していることを示しています。

 

総務省の発表によると、7月の全国消費者物価指数(生鮮食品を除く、コアCPI)は2.7%上昇しています。政府の電気・ガス価格激変緩和対策が終了したことでエネルギー価格の上昇が顕著です。(ロイター)厚生労働省は「このまま物価高が落ち着かなければ、実質賃金のプラスを維持することは難しい」と指摘しています。(日経)

 

一方で、政府はこの傾向を前向きに捉えています。岸田首相はSNSで「6月の実質賃金は27か月ぶりにプラスに転換し、本日発表された7月の実質賃金も引き続きプラスです。賃上げの明るい動きが、統計上もしっかり現われてきています。」と投稿し、賃上げの成果を強調しています。また、日銀も賃金と物価の好循環が強まっていると見ており、植田和男総裁は政策金利引き上げの可能性を示唆しています。

 

 

ところで、賃金問題には別の課題も存在します。厚生労働省が初めて公表した男女間の賃金格差データによると、女性の賃金は男性の7~8割に留まっています。最も格差が小さい高知県でも80.4、最も大きい栃木県では71.0と、根深い問題が浮き彫りになりました。(時事)

 

実質賃金の上昇は確かに好材料ですが、その持続性には疑問が残ります。賞与の一時的影響や物価上昇との綱引き、さらには構造的な賃金格差など、複合的な要因を考慮する必要があります。今後は、基本給の持続的な上昇や物価安定化策、そして賃金格差の解消に向けた取り組みが、真の経済回復の鍵を握るでしょう。

サームルールが示す米国経済の岐路

日本の労働市場の動向を見てきましたが、ここで視点を世界最大の経済大国、米国に移してみましょう。8月、米国の金融市場は大きな混乱に見舞われました。この混乱の背景には、景気後退への懸念が急速に高まったことがあります。

 

8月1日のISM製造業景況感指数と2日の雇用統計が予想を下回る弱い内容だったことで、投資家たちの間に不安が広がりました。さらに、冒頭で触れたように、ADPリサーチ・インスティテュートが発表した8月の全米雇用報告では、民間部門の雇用者数増加が3年半ぶりの低水準となり、市場予想を大きく下回りました。

 

このような状況下で、エコノミストたちの注目が集まっているのが「サームルール」です。クロディア・サーム元FRBエコノミストが考案したこのモデルは、失業率の動向から景気後退を予測するものです。具体的には、失業率の3カ月平均が過去12カ月の最低値から0.5%以上上昇した時点で、すでに景気後退に陥っていると判断します。

 

先ほど米労働省が8月の雇用統計を発表しました。景気動向を反映する非農業部門の就業者数は前月比14.2万人増で伸長するも、市場予想(16.4万人増)を下回りました。失業率は4.2%で、5か月ぶりに改善しています。(ロイター)以下は直近の統計を反映したサームルールインデックスです。ところで、景気判断には様々な要素が考慮されます。全米経済研究所(NBER)が発表する「景気循環日付」が景気後退の公式な判断基準とされていますが、その発表には時間がかかります。この発表を待って政策の舵取りを進めてしまうと手遅れになることから、景気後退の前兆を早めに察知する方法が考えられてきました。サームルールも有力ですが、従来から最も注目されてきたのが「長短金利差」です。

金利変動下の国債市場:日米の新戦略

米国債市場では、最近4営業日連続で長期金利の低下が見られます。9月6日の欧州時間には、10年債利回りが3.708%まで低下し、2022年7月以来約2年ぶりに逆イールド(長短金利差逆転)が解消した8月5日以来の低水準を記録。同時に、2年債利回りも3.7268%と2023年5月以来の低水準となりました。

 

 

長短金利差逆転(逆イールド)の解消、すなはちイールドカーブの正常化は過去4回のリセッション直前に起きており、エコノミストは「利下げの根拠を示している」とも言います。(ブルームバーグ)利下げ開始がほぼ確実視される中、最初の引き下げ幅にも注目が集まっています。

 

一方、日本では金融政策の転換期を迎えつつあります。日本銀行が早ければ年内にも追加利上げに踏み切る可能性が指摘されており、MUFGの関浩之専務は、日銀が早ければ2024年12月または2025年1月に0.25%の追加利上げを行い、政策金利を0.5%に引き上げる可能性があると予測しています。

 

また、同氏は国債運用について、10年国債の利回りと金融政策の見通しを反映するオーバーナイト・インデックス・スワップ(OIS)の金利水準がそれぞれ1.2%以上となることが「本格的な投資を開始する目線だ」とも述べます。(ブルームバーグ)

 

米国では景気後退懸念と利下げ期待が高まる一方、日本では緩やかな金融引き締めへの転換が予想されるこの対照的な動きは、グローバルな金融市場に大きな影響を与える可能性があります。投資家や金融機関は、この日米の金利差拡大を見据えた新たな投資戦略を模索することになるでしょう。

 

大好調の意見

 「米国では景気後退懸念と利下げ期待が高まる一方、日本では緩やかな金融引き締めへの転換が予想されるこの対照的な動きは、グローバルな金融市場に大きな影響を与える可能性があります。」とのことである。

 

だが、世界経済はこの二つの要因のみで決まるわけではない。ウクライナ戦争と、ハマス対イスラエル戦争の行方、米国大統領選のゆくえ等複雑な要因が絡まる。ど素人には計り知れない困難な問題である気がする。