優等生・オムロンが苦境、黒字なのに「2000人リストラ」のワケ

矢部謙介 によるストーリー

 • 2 時間 

2024.8.11 

 

 

京都の名門企業、オムロンが業績不振に陥っている。2024年3月期は前期比で減収減益。24年2月には、国内外で約2000人の人員削減を行う方針を発表した。オムロンは「ROIC経営」を実践する先進企業としても知られていたが、なぜ大リストラを断行する事態になってしまったのか。決算書から読み解いてみたい。(中京大学国際学部・同大学院人文社会科学研究科教授 矢部謙介)

2000人の大リストラを断行!「ROIC経営の優等生」オムロンが陥った苦境

 大手電気機器メーカーであるオムロンが業績の不振に苦しんでいる。

 オムロンは、ファクトリーオートメーション(FA)向け機器を取り扱う制御機器事業をはじめとして、血圧計などを手掛けるヘルスケア事業、太陽光などのエネルギー事業を持つ社会システム事業、リレー(継電器)などの部品を製造する電子部品事業などを抱えている。京都府京都市に本拠地を置く優良企業を指す「京都銘柄」としても名高いメーカーの一つだ。2023年10月には、医療ビッグデータ収集を手掛けるJMDCを買収し、データソリューション事業に進出を果たしている。

 

 オムロンの23年3月期の業績は、売上高が約8760億円、営業利益(=売上高-売上原価-販売費及び一般管理費〔販管費〕-試験研究開発費)が約1010億円と絶好調だった。しかし、24年3月期には売上高が約8190億円、営業利益は約340億円と大きく業績を落とすこととなった。

 

 業績の低迷を受けてオムロンでは、24年2月に国内と海外でそれぞれ約1000人、合計で約2000人の人員削減を行うことを発表した。これは、24年3月末時点での連結従業員数(2万8450人)の約7%に当たる大規模なリストラだ。

 

 オムロンは、早くからROIC(投下資本利益率)をKPI(重要業績指標)として経営に取り入れ、「ROIC経営」を実践している企業としても知られている。ROICは、その名の通り、投下資本(事業に対して投下したお金=有利子負債+純資産)に対してどれだけ利益を出すことができたかを表す指標だ。資本コストや株価との関連が深いため、資本効率を踏まえた業績指標として注目する企業が急増している。

 

 そんな「ROIC経営の優等生」であるオムロンが苦境に陥った原因は、何だったのだろうか。

 

 また、業績を大きく落としたとはいえ、24年3月期の営業利益は黒字だ。営業黒字にもかかわらず、なぜオムロンは大規模なリストラに踏み切ったのか。そして、業績回復のカギはどこにあるのか。

オムロンの決算書と、注目指標ROICの数値を読み解きながら探っていくことにしよう。

業績好調だったオムロン23年3月期の決算書を読み解く

 それでは、オムロンの決算書を見ていく。

 以下の図は、オムロンの業績が好調だった23年3月期の決算書を比例縮尺図に図解したものだ。なお、この図ではオムロンがKPIとしているROICについても合わせて図解しているが、これについては後ほど解説する。

有価証券報告書より筆者作成

有価証券報告書より筆者作成© ダイヤモンド・オンライン

 

 まずは左側の貸借対照表(B/S)から見ていこう。B/Sの左側(資産サイド)で最大の金額を占めているのは流動資産(約4870億円)だ。ここには、売上債権(受取手形及び売掛金)が約1790億円、棚卸資産が約1740億円、現預金(現金及び現金同等物)が約1050億円計上されている。いずれも会社が事業を行っていく上で必要な資産だ。

 

 次いで大きいのは、投資その他の資産(オムロンの決算書における「投資その他の資産」からオペレーティング・リース使用権資産、のれん、その他の無形資産を除いたもの)で、約2460億円が計上されている。ここでは、関連会社に対する投資及び貸付金(約1350億円)がその大半を占めている。

 

 また、有形固定資産(オペレーティング・リース使用権資産を含む)が約1770億円計上されているが、これらの多くはオムロンが保有する工場や研究開発拠点だ。

 続いて、B/Sの右側(負債・純資産サイド)についても見てみると、流動負債が約2100億円、固定負債が約570億円となっており、ここには合計で約450億円の有利子負債(オペレーティング・リース負債を含む)が計上されている。

 

 この有利子負債のほとんどは短期、または長期のオペレーティング・リース負債だ。現在の日本の会計基準ではB/Sに計上されないが、オムロンでは米国会計基準を採用しているため、B/Sに計上されている。こうしたことを踏まえると、オムロンは実質無借金経営であるといえる(なお、27年3月期以降に適用が検討されている新リース会計基準では、日本の会計基準においてもこうしたオペレーティング・リースの資産や負債がB/Sに計上される見込み)。

 

 純資産は約7310億円であり、自己資本比率(=純資産÷総資本)は約73%と極めて高い。安全性の観点から見て、オムロンは優良企業であるといえる。

 次に、損益計算書(P/L)を見ていこう。

 

 売上高約8760億円に対し、売上原価は約4820億円(原価率は約55%)、販管費(試験研究開発費を含む)は約2930億円(販管費率は約33%)で、営業利益は約1010億円となっている。売上高営業利益率は約11%と高い水準だ。

ROICは「資本コスト」を上回ることが重要

 続いて、オムロンがKPIとして採用しているROIC※について見ていこう。ROICは、営業利益からみなし税金(ここでは実効税率を30%として試算)を差し引いた税引後営業利益を投下資本(=有利子負債+純資産)で割ることで計算される。

 

注※オムロンではROICの分子の利益として当期純利益を用いているが、ここではより一般的な定義に従って分子に税引後営業利益を用いて計算する。また、現行の日本における会計基準に合わせる形で、有利子負債にはオペレーティング・リース負債を含めていない。

 

 23年3月期におけるオムロンのROICは、約10%となっている。

 税引後営業利益をFCF(フリー・キャッシュ・フロー)と同等とみなし、そこから銀行などの債権者に対するコストと株主に対するコストが支払われると考えれば、ROICが、企業が調達した有利子負債と株主資本を合わせた全体としての資本コストであるWACC(加重平均資本コスト率)を上回ると、株主価値が創造される(株式時価総額が純資産を上回る)ことになる。そのためROICは、東京証券取引所が要請する資本コストや株価を意識した経営を実現する上で、非常に重要な意味を持つ指標となっている。

 

 24年3月期第3四半期の決算説明会資料によれば、22年3月期から24年3月期においてオムロンが想定しているWACCは5.5%とされている。この数値との対比でいえば、オムロンの23年3月期におけるROICは想定WACCを上回っている。

 

 しかし、結果からいえば、24年3月期においてオムロンの業績は大きく落ち込み、オムロンは冒頭で述べた2000人規模の大リストラに踏み切ることになる。後編では、24年3月期の決算書を読み解き、大リストラの理由について解説しよう。

 

矢部謙介(やべ・けんすけ)/中京大学国際学部・同大学院人文社会科学研究科教授。ローランド・ベルガー勤務などを経て現職。マックスバリュ東海社外取締役も務める。X(@ybknsk)にて、決算書が読めるようになる参加型コンテンツ「会計思考力入門ゼミ」を配信中。著書に『決算書の比較図鑑』『武器としての会計思考力』『武器としての会計ファイナンス』『粉飾&黒字倒産を読む』(以上、日本実業出版社)など。

https://x.com/ybknsk

 

大好調の意見

 私は企業系などしたことも無いが、新規な数字いじりの経営では短期的な数字直しはできても、根本的経営問題に気が付かなければ、そのうちワコール同様に企業の衰退は避けえないではなかろうか。