ドイツでも浮上し始めたEU離脱の現実味

土田 陽介 によるストーリー

 • 12 時間

2024.5.24

 

  • ドイツの極右政党、ドイツのための選択肢(AfD)の共同党首の発言が物議を醸している。同党が2025年の総選挙で政権を奪取した場合、欧州連合(EU)からの離脱の是非を問う国民投票を実施するという発言だ。
  • ドイツがEUを離脱すれば、EU単一市場を離脱することになるため、EU加盟国との間の貿易取引に関して免除されていた通関業務が発生する。ユーロ放棄による独自通貨の導入もドイツ経済を強く圧迫するだろう。
  • EU離脱は、EUに不満を抱える有権者に向けた強いメッセージ。AfDのような民族主義政党によって、EU離脱は定期的に蒸し返される主張となるだろう。

(土田 陽介:三菱UFJリサーチ&コンサルティング・副主任研究員)

 

 

 ドイツの極右政党、ドイツのための選択肢(AfD)のアリス・ワイデル共同党首が、同党が2025年の総選挙で政権を奪取した場合、欧州連合(EU)からの離脱の是非を問う国民投票を実施すると発言したことが物議を醸している。各国の極右政党と同様、AfDもまた、EU離脱を掲げることは集票に有効な手段になると考えているようだ。

 

 ワイデル共同党首がEU離脱の是非を問う国民投票の実施を謳った背景には、AfDの支持率の低下があると考えられる。AfDの支持率は、2023年中頃に連立与党である社会民主党(SPD)と同盟90/緑の党(B90/Gr)を抜き、最大野党である中道右派のキリスト教民主同盟・同社会同盟(Union)に次ぐ2位にまで躍進した(図表1)。

【図表1 主要政党の支持率】

(出所)Forsa

(出所)Forsa© JBpress 提供

 

 AfDは、オラフ・ショルツ政権による積極的な気候変動対策や、寛容な移民・難民政策に対して不満を高める有権者の「受け皿」として支持を集めてきた。しかし2024年の年明けに、AfDの幹部が移民の排斥を謀議したとの疑惑が浮上したことを受けて支持率が急落し、SPDに支持率2位の座を譲ることになった。

 

 とはいえ、AfDは旧東ドイツを中心に支持を集めており、地方議会でも一定の勢力を築いている。2025年10月までに予定されている次回のドイツの総選挙では、それが主に比例代表制(正しくは比例代表制を主に小選挙区制の要素を加味した小選挙区比例代表併用制)で行われるため、AfDは議席を増やし、国政への影響力を強めよう。

 

 ドイツ以外のEUの国でも、極右政党は、EUを離脱して政策主権を回復しようと主張する。しかし英国のEU離脱が証明したように、少なくとも短期的には、EUから離脱した国の経済は悪化する。EU離脱により、それまでEU各国との間で統合されていた市場を切り離す必要があるが、そのコストが、離脱した国の経済を圧迫するためだ。

 例えば、モノやサービスの貿易取引を考えてみよう。

ドイツのEU離脱で発生するコスト

 1992年にEU単一市場に発足したことで、ドイツは他のEU加盟国との間の貿易取引を無関税で行うことができるようになった。さらに、1999年にユーロが導入され、EU加盟国間の為替変動リスクが著しく低下したことも、ドイツのEU加盟国との間の貿易取引の拡大につながった(図表2)。

【図表2 ドイツの貿易動向】

(出所)IMF『多国間貿易統計』および『国際金融統計』

(出所)IMF『多国間貿易統計』および『国際金融統計』© JBpress 提供

 

 仮にドイツがEUを離脱すれば、EU単一市場を離脱することになるため、EU加盟国との間の貿易取引に関しても、今まで免除されていた通関業務が発生することになる。ドイツの貿易は、輸出入の両面でEU加盟国との取引が半分以上を占めている。したがって、ドイツがEUを離脱すれば、通関業務は倍以上に増加することになる。

 

 実際に、EUを離脱した英国は、EU加盟国との貿易に際して、段階的に通関業務が発生することになっている。英国立会計監査院(NAO)が5月20日に発表した報告書によると、英国がEU各国との貿易取引に際して新たに通関検査を実施するに当たって生じる金銭的コストは、少なくとも47億ポンド(約9200億円)に上る見込みという。

 

 ドイツがEUから離脱すれば、ドイツもまた同様のコストに直面することになる。それ以外にも、EU離脱によってドイツは、ユーロを放棄して独自通貨を再導入する必要がある。この点に関しては、独自通貨ポンドを維持していた英国と大いに異なる。独自通貨の再導入は、少なくとも短期的には、ドイツ経済を強く圧迫すると考えられる。

新通貨はドイツ経済の追い風か

 元来、ドイツにとって1999年のユーロ導入は為替の切り下げを意味した。一方で、イタリアやスペインなどにとっては為替の切り上げである。さらに、ユーロ導入によってドイツと他のユーロ導入国間の為替変動リスクが消滅することになった。貿易取引の拡大という点で、ドイツはユーロの恩恵を最も得た国と言える。

 

 ユーロの導入がドイツにとっての為替の切り下げを意味したなら、独自通貨の再導入は、ドイツにとって為替の切り上げになるのだろうか。そもそもEU離脱によってEU加盟国との貿易取引でも通関業務が復活するため、それがドイツの輸出入を強く圧迫すると考えられる。それに伴い、ドイツ経済の基礎的条件は悪化を余儀なくされよう。

 

 したがって、独自通貨の再導入は、むしろドイツにとって為替切り下げになるかもしれない。為替切り下げは輸出の追い風だが、EU加盟国向けの貿易取引で通関業務が復活するコストを上回るベネフィットになるとは考えにくい。他方で、為替切り上げに働いた場合、輸出に逆風が吹くため、ドイツ経済はやはり圧迫されるだろう。

 

 ドイツの主要経済研究所の一つであるケルン経済研究所(IW)は、ドイツがEUから離脱した場合、コロナショックとロシアショックによる損失の合計に匹敵するショックに見舞われるため、経済が5年間に5.6%縮小するという予測を示している。数字の妥当性はともかく、少なくとも短期的には、ドイツ経済は強く圧迫されることは確かである。

経済的な合理性を凌駕する政治の理屈

 EUから離脱し、政策自主権を取り戻せば、ドイツの事情に応じた政策運営が可能となる。とはいえ、ドイツはヨーロッパの1カ国であり、その経済もヨーロッパ経済の一部である。ヨーロッパ経済そのものが不調となれば、ドイツ経済もまた不調に陥る関係にある。この関係は、ドイツがEUから離脱したところで本質的には変わらない。

 

 中長期的には、EU離脱のベネフィットがコストに勝るかもしれないが、短期的には、EU離脱のコストがベネフィットに勝ることは、英国の事例を見ても明らかである。一方で、EUによって加盟国の政策自主権が制約されていることも事実であるため、有権者の不満はEUに寄せられがちである。このことを、各国の民族主義政党は利用する。

 

 政治の理屈は、時として経済的な合理性を凌駕する。そのことを体現したのが、英国のEU離脱だった。ドイツでも、EU離脱を主張するAfDが一定の支持を得ている。AfDの支持者のすべてがEU離脱を支持しているわけではないだろうが、AfD以外の政党を支持する有権者の多くが、EU離脱を支持する可能性も否定できない。

 

 結局、その実現の可能性はともかく、今後もEU離脱は、AfDのような民族主義政党によって、定期的に蒸し返される主張となるだろう。仮に政治的な熱が高まったときに、ドイツのみならずEU各国で離脱の是非を問う国民投票が行われば、経済的な合理性にかかわらず、EU離脱に賛成する声が反対する声を上回ることになるかもしれない。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

 

 

【土田陽介(つちだ・ようすけ)】

三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部副主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)がある。

 

大好調の意見

 EUは人類の英知の一つである。それを愚かな英国が離脱してしまい、ドイツでも離脱を志向する勢力があると言う。非常に残念である。