楽天を襲った「23年ぶり」の異常事態 モバイル赤字減だけでは喜べない深刻すぎる現状

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2024.2.29 

 

楽天グループが2023年12月期の連結決算を発表しました。ポイントは、営業損益で5期連続となる2129億円の赤字を計上したものの、前年の営業赤字から1588億円も改善したことでしょう。

 

 これはひとえに、連結決算の足を引っ張り続けているモバイル事業の収益改善によるところが大きいといえます。モバイル事業単体で見ると、前年同期から営業赤字が1417億円も改善しました。これがいよいよ、本格的な楽天モバイルの正常化につながるものなのか、検証してみましょう。

 

●思い知った「1%の重み」

 事業をスタートして以降、楽天グループ決算の足を引っぱり続けているモバイル事業ですが、ECや金融などで得た利益を食いつぶし続けているのが、多額の設備投資です。事業立ち上げ当初には総額として約6000億円を見込んでいたこの投資ですが、既に1兆円を超える巨額を投じています。一言で申し上げれば、事業計画に対する見通しがあまりに甘かった、ということになるわけです。

 

 三木谷浩史氏(代表取締役会長兼社長最高執行役員)が「通信の人口カバー率は98%を超え、目標の99%以上達成はもうすぐ」と語ったのが、ちょうど1年前の決算会見でした。筆者の知り合いの大手通信キャリア幹部がこの発言を聞いて「98%からの1%改善が地獄の苦しみなのを、三木谷さんはご存じないようですね」と言い放ったのが印象に残っています。三木谷氏のどこまでも甘い基地局整備に対する見通しを、象徴する発言であったといえます。

 

 結局、この「1%の重み」を知った三木谷氏は、ほどなくau回線でのローミング拡大を決断します。結果、他社の力を借りて人口カバー率99.9%を達成し、auへの回線賃借の支払いは増えたものの、基地局設置投資は確実にペースダウン。投資額は22年度の約3000億円から、23年度は約1800億円まで抑えることができました。24年度以降の本投資は、さらに年間約1000億円以内に抑えたいとしています。しかし、これまた果たして思惑通りにすすむのか、過去の見通しの甘さからすれば怪しいところではあります。

 

●一気に契約回線が増えた「カラクリ」

 モバイル事業の黒字化に向けては、巨額投資を抑えると同時に、収入を増やすことが不可欠です。今回の決算発表で示したモバイル事業黒字化の目安は、契約回線数で800万~1000万回線、ARPU(契約者当たり月平均収入)で2500~3000円でした。すなわち、契約回線数とARPUをともにこの目標領域に到達できれば、黒字化が達成できるもくろみです。

 

 楽天モバイルの契約回線は、23年12月末時点で596万回線となっています。23年8月時点の契約回線数が約500万件(8月28日発表)であったので、4カ月あまりで100万件も増加した計算です。これはなかなかの数字ですが、ちょっとしたカラクリがあります。

 

 楽天モバイルが23年1月から法人向けのサービスを開始したことに伴って、全社を挙げて法人契約獲得に動いたのです。EC部門を中心として約90万社の法人取引がある楽天グループですから、この領域に一斉に営業をかけた成果が数字に表れたわけです。

 

 しかし、この手の既存マーケットへの切り込みは、常識的に考えて次年度以降も同じ勢いで獲得が進むようなものではなく、24年以降は大幅なペースダウンが予想されます。黒字化目安の最低ラインである800万件まであと200万件の差があるわけですが、やはり個人の契約数を増やさないことには安々とは到達できる数字ではないのです。

 個人契約の獲得増強で大きく立ちはだかるのが「通信の質」の問題です。つまり「室内でもクリアな音声でつながりやすい通信環境=プラチナバンド」水準の実現なのですが、ここが楽天モバイル側にして最大の弱点なのです。

 

 念願のプラチナバンド自体は、ようやく23年10月に認可を得ました。しかし、これを全国レベルで提供するには、基地局投資が必要なのです。プラチナバンド水準は実現したいが、投資は抑えたい。楽天が出した結論は、プラチナバンド投資を「投資10年計画」の後半に充てる、というものでした。すなわち、個人契約増強に不可欠なプラチナバンド水準の実現はまだまだ遠いのです。

 

●知恵を絞れば絞るほど「ドツボ」に

 一方のARPUは、黒字化目安の最低ラインである2500円に対して、23年12月時点で1986円と、まだ月500円以上も上乗せが必要です。特に気になるのは、23年9月時点で2046円と一度は2000円台に乗せていたものの、再び1900円台に落ち込んでしまっている点です。

 

 これは、先にも述べた法人契約数の急増によるところが大きいと楽天側も認めています。法人契約はその性格上、電話やメールの利用がメインであり、他のサービス利用によるARPUの上昇は見込みにくいのです。この観点からも、やはり個人契約の増加が楽天モバイル黒字化のカギを握っている、といえるでしょう。

 

 その個人契約ですが、契約者に対する楽天ポイントの優遇付与サービス目的のみで「寝かし契約」をしている個人も多く、この点もまたARPU下げの要因となっています。今回、株主優待として提示した、全株主に対する「年間月30ギガ」まで使える自社の音声通話付きデータ通信の無料提供もしかりです。個人株主の新規契約を狙ったものでしょうが、収益にならない契約者を増やすことになり、ARPU面ではこれまたマイナス要因となるでしょう。個人契約の増強で知恵を絞れば絞るほどマイナス効果も生まれてしまう、というジレンマを内包しているのが現状です。

 

●巨額の社債償還にも注目

 今回の決算会見で、モバイル事業と並んで取材陣の注目を集めたのが財務問題でした。焦点は、今年から続々と始まる社債償還対応のゆくえです。ひとまず23年度の償還予定分である800億円については、楽天証券株をみずほ証券へ売却し、楽天銀行株を海外市場で追加売却することで確保。しかし、24年度はさらに多額の3200億円、25年度には4700億円もの巨額の社債償還が待ち受けています。

 

 24年度については1月末に、年限3年のドル建て債18億ドル(約2650億円)の2月発行を発表し、23年の調達分と合わせて「24年のリファイナンスリスクは解消した。必要資金は全て確保済み」(廣瀬研二取締役 副社長執行役員)としています。

 

 しかし、ドル建て債18億ドルはあくまで既存債の借り換えに過ぎず、ジャンク債並みへの格付低下により、表面利率だけで年利は11.25%と金利負担も増えています。現状の赤字決算が続く限り、毎年償還の資金調達に追われる自転車操業状態は続くのです。

 

●23年ぶりとなる「無配」も発表

 楽天グループにとって、まずは25年度の巨額償還をいかに乗り切るか、が大きな焦点です。いよいよ、本業であるECビジネスに直結した中核子会社である楽天カード株の売却も現実味を帯びてきました。そうなった場合に、果たして本業での利益を大きく削ってまで楽天モバイルを運営し続けるメリットがあるのか否か、大きな経営判断を迫られる局面もあるかもしれません。全ては、モバイル事業の黒字化見通し如何にかかっているといえます。

 

 最後にもう一つ、今回の決算会見で気になったことがあります。会見資料の中で、生成AIの活用をはじめとしたAI戦略の重要性について言及してはいたのですが、23年6月期の半期決算会見時に三木谷氏が嬉々として話をしていたOpenAI社との業務提携について、一言も触れる場面がなかったのです。

 

 OpenAI社は昨秋にアルトマンCEOの退任騒動がありました。社内で氏の生成AIの行き過ぎた商業利用を危険視する風潮が騒動の原因であると報じられました。楽天との業務提携への影響は避けられないと思われ、大きなアドバンテージになるはずだった施策の雲行きが怪しくなったと感じた次第です。

 

 赤字幅の問題ばかりに注目が集まりがちな楽天グループ決算ですが、株主の立場からすれば今回の決算で最も大きなニュースは「無配転落」でしょう(前年同期は4円50銭配当)。同社が店頭登録した00年12月期以来、23年ぶりとなる無配です。5年連続の最終赤字かつ無配転落という状況は、通常の上場企業の常識であれば「誤った経営戦略を主導した」として、株主からトップ交代を求められても仕方ない状況でしょう。

 

 決算数字上は好転の兆しがあるといえ、出口の見えないモバイル事業黒字化への具体的な道筋を見せることが、三木谷楽天の最優先課題であることを再認識した決算会見でありました。

(大関暁夫)

 

大好調の意見

 矢張り、急激な問題解決にはからくりがあったようです。三木谷社長の一層の努力が待たれます。