政府が4兆円投じる半導体戦略、鍵握るラピダスに期待と懸念の声

野原良明 によるストーリー • 10 時間

 

2024.2.21

 

(ブルームバーグ): 日本が世界の半導体業界の主要プレーヤーに返り咲く最後のチャンス。そんな決意の下、政府はかつてないスピードと財政支出で半導体戦略を推進している。その中で最も野心的な最先端技術を目指すプロジェクトの舞台に選ばれたのが、フロンティア精神が受け継がれる北海道だ。

 

  次世代半導体の量産を目指すラピダスの半導体工場の建設現場は、新千歳空港の近くにある。同社は千歳市に半導体事業という新たな成長の柱をもたらそうとしている。ラピダスの取り組みは、国が全面支援する国家プロジェクトであり、衰退が続いてきた日本の半導体産業の逆転への起爆剤になると期待されている。

 

  ラピダスは、世界で最先端の2ナノメートル(ナノは10億分の1)のロジック半導体の量産を2027年に開始することを目指す。日本が長年、海外のライバルに大きな後れを取る中、設立から2年に満たないベンチャー企業による最先端技術への挑戦は、業界の常識からすると、ハードルはかなり高いとの見方もある。

 

  しかし、追い風も吹いている。背景にあるのは米中対立という地政学的リスクの台頭だ。両国は最先端の半導体製造技術や機材に関して互いにけん制を強めており、米国は重要物資のサプライチェーンの安全性を確保するために日本を含めた同盟国に協力を求めている。日本としては、国内半導体製造基盤にもう一度てこ入れをするチャンスが訪れたということだ。

 

  日本の半導体産業は、かつては世界を席巻し、材料や装置メーカーといった基盤はまだ国内に健在だ。 世界で半導体の重要性は年々増している。電気自動車(EV)の普及、人工知能(AI)の台頭、複雑化する兵器技術など、全てに欠かせないのが半導体だ。先端半導体の使用は将来増大することが確実視されている。現在世界の半導体製造の大半は台湾、韓国といった地域に集中しており、半導体の安定供給は台湾有事などの地政学的リスクと隣り合わせだ。 

 

  千歳市で工場の立ち上げ責任者を務めるラピダスの清水敦男専務執行役員は、地政学的情勢や経済安全保障の要素を鑑みた上で、資源の乏しい日本が、国として生きる道として「技術の世界で主要なプレーヤーになる」ことが重要だとし、「そのための方策の一つとして半導体は非常に分かりやすい」と話す。

Rapidus

Rapidus© Photographer: Soichiro Koriyama/Bloomberg

 

  経済産業省の資料によると、世界の半導体市場で日本のシェアは1988年の50%超から2019年には10%まで縮小。コロナ禍での世界的な半導体不足が車やスマートフォンの生産に大打撃を与えたことが警報となった。

  ロシアによるウクライナ侵攻、北朝鮮によるミサイルの脅威、中国と台湾の間で高まる緊張、全てが世界に防衛システム強化の重要性を再認識させている。その鍵となる半導体に関してもだ。

 

  自民党の半導体戦略推進議員連盟の事務局長を務める関芳弘衆院議員は、半導体はドローンや戦闘機、 潜水艦、ミサイルに「当然使われる」と述べ、この安全保障上重要な技術を国内で確立し、各国に対して半導体貿易で優位に立つことができれば、これこそ非常に大きな戦争抑止のための投資になる」との見方を示した。

 

  日本政府のかつてない危機感は予算額に反映されている。経産省は21年に「半導体・デジタル産業戦略」を立ち上げてから3年足らずで同戦略に関連する予算を約4兆円確保。同戦略では国内半導体の売上高を30年までに現状の3倍の15兆円にすることを目標としており、岸田文雄首相は官民合わせて半導体分野へ10兆円程度の投資を目指す。

二つの柱

  同戦略には二つの大きな柱がある。一つは、多額の政府補助金を使い、外国から大手企業を誘致し、必要な半導体の供給確保に努める。最先端ではないが需要の高い半導体の製造拠点を再構築する。通常、政府補助金の割合は事業費の3分の1程度だが、時には半額まで補助する。

 

  二つ目の柱がラピダスだ。最先端の領域で諸外国に追い付くことを目指す。 半導体戦略策定で中心的な役割を担った経産省経済安全保障室の西川和見室長は、これほど手厚く半導体産業をサポートする背景には、「正直言うと米中対立がある」と言う。仮に台湾有事で半導体供給が停止すると、「兆ドル単位の悪影響があちこちで起きる」と述べ、経済は大打撃を受けるとの見方を示す。

 

  戦略の主要部分となる第一の柱の舞台である熊本県では世界最大の半導体メーカー、台湾積体電路製造(TSMC)の約70億ドル(約1兆円)規模の工場が生産開始に近づいている。日本政府は最大4760億円の補助金で全体の半分近くを負担する。同社は第2工場の建設も発表済みで、第3工場も検討されているという話もある。

Boomtown Gridlock Exposes Flaws in Japan’s $14 Billion Chip Goal

Boomtown Gridlock Exposes Flaws in Japan’s $14 Billion Chip Goal© Photographer: Toru Hanai/Bloomberg

 

  TSMCのような世界屈指の企業から学ぶことで、日本は素材メーカーなどを含めた半導体エコシステムを再構築し、地域経済の雇用と成長の促進を狙う。同時に、対外的には、日本は米国主導のグローバルサプライチェーンの枠組みの中で確固たる立ち位置を確立することになる。同盟国や友好国でスマートフォンや自動車の製造、ミサイルシステムの構築などに不可欠な半導体の生産供給網を確保することを目指す。

 

  二つ目の柱であるラピダスに関しては、ハードルは格段に高い。同社のプロジェクトには期待が高まる中、懸念も根強く残っている。政府が関与した過去の半導体産業支援の取り組みは失敗を繰り返したからだ。技術面での大きな飛躍もラピダスの課題の一つだが、それ以外にも不透明な部分は多い。

不確定要素

  最終的に生産されるものがどれくらいのコストとどういった使用価値を伴うものになるのか、またそもそも顧客を獲得することができるのか。こうした不確定要素が残る。ラピダスの清水氏は、すでに商品が大量生産されコモディティー化した市場ではTSMCや韓国サムスン電子とは競争できないと考えている。そうなる前の新しい商品が比較的高い値段で売れるマーケットの部分で勝負をしたいという。

 

  米国との貿易摩擦の中で半導体関連でも対立した過去との大きな違いは、今回は日本にとって米国は同志だということだ。ラピダスに2ナノ半導体の技術供与をするのは米IBM。すでに平均年齢50歳程度のラピダスのエンジニア100人超がニューヨーク州オールバニで技術を学んでいる。

 

  エマニュエル駐日米国大使は「米国と日本は安全保障、経済安全保障で足並みをそろえるパートナーであり、味方であり、協力者だ」と語る。

 

  国内企業だけで解決を目指して失敗した従来の取り組みと比較すると、海外企業との積極的な連携は大きな変化だ。TSMC以外にも、米マイクロン、オランダのASMLホールディング、サムスンが、日本で製造や研究開発拠点への投資を進めている。

迅速な意思決定

  日本の迅速な取り組みは、米国とは対照的だ。22年に米国で成立した半導体の国内製造を支援するいわゆる「CHIPS法」には390億ドルの補助金が割り当てられたが、実際にこれまでに発表された大型支援案件は限定的だ。労働関連やコスト面での課題が、TSMCのアリゾナ州での工場の生産開始を遅らせている。ドイツでは予算の問題でTSMCとインテルへの補助金に対して懸念の声が上がった。

 

  ベルギーの半導体研究機関IMECのルク・ファンデンホーブ最高経営責任者(CEO)は、「今回、日本は思い切った手法を用い、意思決定が非常に速やかだ」とし、「15年、20年前を振り返ると、日本政府はもっと閉鎖的な政策をとっていた」と指摘する。

 

  熊本県のTSMCの工場は成功する要素がそろっている。第1工場で作るのは、12-16ナノ、22-28ナノのロジック半導体で、すでに技術は確立されている領域だ。同県が位置する九州は、もともと「日本のシリコンアイランド」と呼ばれる場所で、約1000もの半導体関連企業を要する強力なエコシステムがすでに存在する。主な顧客もはっきりしている。日本の自動車メーカーだ。

 

  2月に建設が正式発表された同社の第2熊本工場では6-7ナノの半導体が製造される予定だ。自民党の関議員は、37年までには両工場からの税収が政府の補助金を相殺することになるだろうと話す。 

 

  一方で北海道は状況が大きく異なる。伝統的に製造業の基盤が弱く、半導体関連の主な企業も約20社しかない。 日本の半導体微細化技術は長年45ナノ程度で停滞してきた。ラピダスの立ち上げから約5年で2ナノの領域に飛躍するのは大きな賭けだ。同社が量産化を目指す27年までには、TSMCとサムスン電子もすでに2ナノ半導体の出荷を競争力のある価格で始めることを目指している。

 

  政府はラピダスに対してすでに3300億円の補助を決定している。23年度の補正予算では同社に使われる見込みの基金に追加で6460億円を確保。合計でラピダスの初期投資2兆円の半分程度は政府がカバーすることになる見込み。同社は残りの投資費用をどう確保するか詳細は発表していない。また工場立ち上げ後に追加で3兆円程度が事業拡大のために必要と見込んでいる。一方で、これまでのところトヨタ自動車を含む民間企業からのラピダスへの投資は73億円と限定的だ。

 

  ラピダスでは工場立ち上げのために合計で1000人程度のエンジニアや従業員が必要となる。恒常的に人材が不足している半導体業界で、これが最大の課題になると専門家は指摘する。政府の半導体戦略によると、半導体セクターの従業員数は19年までの20年間で約30%減った。その結果、今後10年間で少なくとも約4万人の人材が必要となる見込みだ。

--取材協力:望月崇、古川有希、Peter Elstrom、Vlad Savov.

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大好調の意見

 本当に半導体産業再建の試みが成功するであろうかと心配している。関係者たちにとって自信があっての事であろうが、数年後に廃墟にならぬことを祈っている。