ENEOSが逃がした魚はあまりに大きい!ローソンTOBへの参画が幻に終わったワケ
小嶌正稔 によるストーリー • 2 時間
2024.2.18
ENEOSホールディングスが、KDDIや三菱商事と共にローソンへの出資を検討していたことが明らかになった。ENEOSにとってローソンとの連携はどんな意味があったのか。そしてなぜTOBから手を引いたのか。国内外の石油業界を知る専門家が五つの論点で徹底考察する。(桃山学院大学経営学部教授 小嶌正稔)
KDDI×ローソン×三菱商事のディールENEOSが逃がした獲物は大きかった
通信のKDDIがコンビニエンスストアのローソンをTOB(株式公開買い付け)するニュースを追っていて驚いた。当初は石油元売り最大手のENEOSホールディングスも参画する計画だったという。報道によると、ENEOSは2023年12月に経営トップが解任されたため、この資本参画を辞退したのだそうだ。三菱商事×KDDI×ENEOSの3社がローソンを共同経営するプランは幻に終わった。
石油業界を専門に研究してきた筆者からすると、ENEOSが逃がした獲物は、あまりに大きい。しかもトップ解任の理由は女性へのセクハラが原因の不祥事であるだけに、何とも情けない。もし、このディールが当初案通り成功していれば、次世代の日本を支えるビジネスモデルになっていたはずなのに。
脱炭素、電気自動車(EV)化によりENEOSは「40年には国内のガソリン需要が19年比で半減する」と予測している。石油元売りは自ら変わらなければもう後がない。
欧米ではガソリンスタンドという商売自体がすでにマイナーだ。ガソリンは、コンビニで売られる商品の一つとなっているからだ。これに着目したのがセブン&アイ・ホールディングスだ。米国でコンビニ併設型ガソリンスタンドの大型買収を次々と決断し、世間を驚かせた。
コンビニは、次世代に向けたEV充電ステーション網の要になりつつある。ENEOSにとってローソンとの連携はまたとない大チャンスであったことは明白だ。
なぜ、ENEOSはローソンのTOBから手を引いたのか。それは社長の不祥事による解任だけでなく、ENEOSの社内事情も大きく影響していると筆者は考える。
さて、ここからはENEOSにとってローソンとの連携はどんな意味があったのか、そしてなぜTOBから手を引いたのか、五つの論点を独自の見解も含めて述べていく。
(1)ガソリン需要減少で後がない石油元売り
乗用車向けのガソリンの消費は間違いなく減る。原因は主に二つ。一つがパワートレインの転換、すなわちEV化であり、もう一つが高齢化と人口減少による乗用車自体の減少である。
脱炭素に向けて政府は、2035 年までにガソリン車の新車販売を禁止する目標を掲げる。現時点では、ハイブリッド車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHV)は35年以降も販売可能だが、いつまで先延ばしされるかは分からない。いずれにせよパワートレインの転換は確実に進む。
重要な点は、35年以降もしばらくはガソリンが必要とされることだ。恐らく50年頃まではガソリン車が残る。そのため、過渡期においてガソリンスタンドをどのように維持・発展させるかが課題だ。
しかし、現実は極めて厳しい。全業種の開業率(21年)は5.1%、廃業率が3.3%であるのに対し、ガソリンスタンドの開業率は0.6%に過ぎず、廃業率は4.3%と高い。
他方、パワートレインの転換は政府の思惑通りには進まない、という意見もある。しかし高齢化と人口減少は深刻で、これにより乗用車の保有台数は大幅に減る。それゆえENEOSのみならず出光興産も「40年には国内のガソリン需要が19年比で半減する」と予測している。石油元売りは急いで新たなビジネスモデルを構築しなければ、もう後がない。
(2)欧米ではガソリンがコンビニ商品の一つ
日本ではあまり知られていないことだが、欧米ではガソリンスタンドという商売自体がすでにマイナーだ。ガソリンが、コンビニで売られる商品の一つとなっているからだ。米国では流通する約8割のガソリンがコンビニで販売されており、従来型のガソリンスタンドでの販売は2割程度に過ぎない。
この変化にいち早く気づいた日本企業が、セブン&アイ・ホールディングスだろう。16年には米国のスノコLPの一部事業を33億ドル(当時の為替レートで約3650億円)で買収した。一部事業とはコンビニ併設型ガソリンスタンド計約1100店舗である。続く20年には米マラソン・ペトロリアムのコンビニ併設型ガソリンスタンド「スピードウェイ」部門を買収。買収額は210億ドル(同、約2兆2200億円)に上った。
ドイツは23年、ガソリンスタンドの80%にEV用の急速充電器の設置を義務付ける方針を打ち出した。ここでいうガソリンスタンドも、日本のようなガソリンスタンドではなく、米国のようなコンビニのことである。
欧米におけるコンビニは、次世代に向けたEV充電ステーション網の要になりつつある。
(3)EV時代における充電ステーションへの期待
EVの充電は、5タイプに分けられる。自宅を中心とする「基礎充電」、買い物先や旅先での「目的充電」、長距離移動の途中の「経路充電」、継ぎ足し充電の「ストップ・バイ」、そして勤務先の「職場充電」である。なお、自宅を中心とするというのは近所の駐車場やコンビニにある充電器を複数人でシェアして使うパターンも含まれる。いずれにしてもEV充電の大前提は、基礎充電となる。
EV時代に期待されるのがコンビニ×充電ステーションの組み合わせだ。何しろ、充電中の待ち時間を消費するのにコンビニはうってつけだからだ。前述の通り自宅近くのコンビニで基礎充電するほか、主に経路充電とストップ・バイの役割も果たすことになる。
地方では比較的広い敷地を確保することが可能であり、コンビニ×充電ステーションは食料品や雑貨の販売を含めて生活インフラとして幅広い役割を担うことができる。都市部では十分な広さを確保しにくいが、コンビニ×立体駐車場×充電ステーションといったモデルも考えられるだろう。
コンビニが次世代の車社会のキーポイントであることを考えると、ENEOSにとってローソンとの連携はまたとない大チャンスであったことは明白だ。
(4)日本のガソリンスタンド×コンビニ事情
全国でコンビニを併設しているガソリンスタンドは約400カ所ある。併設されたコンビニのブランドを見ると、セブン‐イレブンが209カ所、ファミリーマートが47カ所、ローソンが74カ所、デイリーヤマザキが18カ所ある(表)。
表_コンビニエンスストア併設のガソリンスタンド数(2024年1月時点)© ダイヤモンド・オンライン
石油元売り別ではENEOSが261カ所、出光興産で74カ所、コスモ石油13カ所、JAなどその他が53カ所ある。全体を通して見ると、旧Esso(旧東燃ゼネラルグループ)が積極的に併設を進めたセブン‐イレブンが175カ所で半数弱を占める。
コンビニを併設したガソリンスタンドは来店客数の増加により、一般店に比べて平均3倍程度もガソリン販売量が多い。洗車収入のアップなども含め、非常に競争力のあるビジネスモデルであることは間違いない。
にもかかわらず、全国のコンビニ店舗数に占めるガソリンスタンド併設店舗の割合は、セブン‐イレブンが約1%、デイリーヤマザキが約1.8%、ローソンは約0.5%、ファミリーマートは約0.3%にとどまっている。
(5)なぜ、ENEOSはローソンのTOBから手を引いたのか
コンビニとガソリンスタンド、コンビニと充電ステーションを組み合わせるには、広い敷地の確保が前提となるため立地は限られる。しかしコンビニとの連携が、ガソリンスタンドが生き残るのに欠かせない選択肢であることは間違いない。
加えて、EV時代の充電ステーションの最有力候補がコンビニであることを考えると、ENEOSがローソンのTOBを見送ったことは、EVへの過渡期におけるビジネスモデル開発への意識が欠けていると言わざるを得ない。
なぜ、ENEOSはあっさりとローソンのTOBから手を引いたのか。それは社長の不祥事による解任だけでなく、ENEOSの社内事情も大きく影響していると筆者は考える。
現在のENEOSは同業他社の統合・合併を繰り返してきた会社であり、大別すると旧新日本石油、旧新日鉱ホールディングス、旧東燃ゼネラルグループの三つの派閥がある。もともとコンビニに力を入れてきたのは旧東燃であり、また、1990年代に米コンビニam/pmを日本で展開していたのは旧新日鉱である。一方、現在のENEOSの中で“本家本流”を自負する一派からすると、今回のディールには違和感があったのかもしれない。
繰り返すが、脱炭素への移行期においてもガソリンスタンドは重要な役割を担う。しかし、ガソリンに依存していては姿を消すのみである。ガソリン車の物理的・心理的陳腐化は進み、この分野にしか投資できない企業は先細る。
消費者はガソリンスタンドではなく、車を動かすエネルギーを入れる場所を欲している。ガソリンスタンドの経営者はリテーラーとして柔軟に業態転換を進めていくべきだ。そして何より、石油元売りはもっと大胆かつドラスチックに新しいビジネスモデルを構築すべきだ。ENEOSが逃がした獲物は大きかった。
大好調の意見
KDDIのローソンへのTOBの陰にENEOSも関与しようとして失敗していたとは意外でした。しかし、根性の小さい仲間内での闘争に血道を上げていたり、セクハラを経営者が2代にわたり繰り返していたのでは、致し方ない。「ENEOSが逃がした獲物は大きかった。」との指摘は確かに正解と思われる。
ところで、残っているのはエネオスがファミリーマートとの連携を狙うかどうかなのだろうか・