「佐藤優クロ現問題」でNHKに批判相次ぐ―世論分断工作に加担?ウクライナ取材のジャーナリストが解説

志葉玲 によるストーリー  • 6 時間

2024.2.12

 

NHK公式ウェブサイトから

NHKが、元外交官で作家の佐藤優氏のインタビューを報道番組『クローズアップ現代』やウェブニュースで大きく取り上げたことが、物議を醸しています(関連情報1 /関連情報2 )。

 

極めて「ロシア寄り」とも受け取れる佐藤氏の主張を、そのまま取り上げてよいものなのか。公共放送であるNHKがプーチン大統領のウクライナ侵攻におけるプロパガンダを助長しているのではないか。ウクライナを取材した筆者の経験や識者達の懸念の声から、この問題を考察します。

 

〇クローズアップ現代での佐藤氏発言要約

『クローズアップ現代』(初回放送日: 2024年1月23日)やNHKニュースサイトでの佐藤氏の、ロシア及びウクライナ関連の発言は、要約すると以下のようなものでした。

 

・ロシアを一方的に“悪魔化”するのではなく、その内在的論理(相手が物事を判断するにあたって何を重要視しているかという、価値観や信念の体系)を把握すべき。

・ウクライナをめぐる問題は、同国東部に住む、ロシア語を話し「アイデンティティーとしてロシア人の要素が強い」という人々の処遇をめぐるものであり、最初は地域紛争だった。

・停戦はロシアが占領している地域を認めることにはならない。とにかく銃を置いて、そのあと、外交交渉で問題を解決していくべき。

 

こうした佐藤氏の主張を肯定的に受け止める方々もいるかもしれませんし、NHK側にもそう受け止めたスタッフがいたのでしょう。

 

しかし、佐藤氏の主張は、プーチン大統領のプロパガンダに加担するものであり、後述するように、今回のNHKのスタンスについては、専門家やメディア関係者からも危惧する声が上がっているのです。

 

〇内在的論理を客観的事実とすり替えるな

佐藤氏の主張の最大の問題は、ウクライナ侵攻における客観的事実を、ロシアの内在的論理にすり替えて、論理展開していることです。具体的には、「ウクライナ東部のロシア人としての要素が強い人々の扱い」「ウクライナにおける問題は、最初は地域紛争だった」との部分が、その最たるものでしょう。これは、ウクライナにおける客観的事実というより、ロシアの内在的論理です。

 

「ウクライナ東部のロシア人としてのアイデンティティーが強い人々」については、ウクライナ国営通信「ウクルインフォルム」の日本語版編集者の平野高志氏は、「ロシアが用いる侵略正当化ナラティブ*。実態はそんな単純ではない」と指摘しています。

*筆者注:ナラティブとは物語のこと。この文脈では、プロパガンダに近い意味合い。

 

 

この平野氏の指摘に筆者も同意します。よく「ウクライナ東部の人々のロシア人としてのアイデンティティー」云々が語られる際、現地でロシア語を話す人々が多いことが強調されます。しかし、実際にはほとんどのウクライナ人がウクライナ語とロシア語を話せますし、ロシア語を話すからといってウクライナよりロシアに帰属意識が強いかというと、そうではないことは、ウクライナ侵攻後の世論調査でロシアへの抵抗を支持する回答が圧倒的多数であることからも明らかです(関連情報)。こうした世論調査は、筆者の現地での取材での実感とも重なり、信頼できるものだと思われます。

 

〇ロシアの侵攻は2014年に既に始まっていた

佐藤氏の主張の「ウクライナにおける問題は、最初は地域紛争だった」という部分についても、平野氏は否定。「最初から露は侵略している」と指摘しており、こちらも筆者として平野氏に同意します。

 

佐藤氏の言う、「最初は地域紛争だった」という部分は2014年にウクライナで当時の親ロ政権が倒れたことを契機に同国東部で勃発したドンバス戦争を指しています。

 

このドンバス戦争については、日本の報道でも「ウクライナ政府VS親ロシア派武装勢力の内戦」という文脈で語られることが少なくありませんが、親ロシア派武装勢力に兵器を供与し指揮したのはロシア側であり、またドンバス戦争の初期からロシア軍が越境してきてウクライナ側を攻撃しています

 

こうした経緯から、ウクライナの人々の多くは「ロシアの侵攻は2022年ではなく、2014年に既に始まっていた」と言います。

 

〇ウクライナ東部の人々を苦しめているのはプーチン大統領自身

ウクライナ侵攻においても、その動機の一つとして、プーチン大統領は「キエフ政権(=ウクライナ政府)に弾圧されている(ウクライナ東部の)ロシア人を救うため」と侵攻開始の演説の中で語っていますが、そもそも、ドンバス戦争によって、我が家を追われた人々の大半はウクライナ内で国内避難民となっており、その数は約150万人にものぼることを鑑みれば、ウクライナ東部の人々を苦境に追いやったのは、むしろロシア側、つまりプーチン大統領自身だと言うべきでしょう。

 

昨年2月の現地取材で筆者がウクライナ首都キーウで会った避難民の女性は「ドンバス戦争で避難して、今回の侵攻でも、また避難。プーチンには、もうウンザリ」と話していました。

 

〇ジャーナリズムとプロパガンダには超えてはいけない一線がある

このように、佐藤氏がウクライナについてNHKに語ったことは「客観的事実」ではなく、「ロシアの内在的論理」です。

 

NHKのニュースサイトでは、「佐藤氏は内在的論理を把握することで、外交交渉を的確に進められると考えている」と書いていますが、内在的論理を把握することと、内在的論理と客観的事実を混同すること(或いはすり替えること)は、全く意味が異なります。外交交渉を的確に進められるどころか、外交の方向性を根本から誤ることになりかねません。

 

本件について、細谷雄一・慶應義塾大学教授(国際政治学)は、「ジャーナリズムとプロパガンダの間には超えてはいけない一線があります(中略)色々な立場、色々な見解を伝えることは必要。プーチン大統領や金正恩委員長の演説を伝えることも必要。問題はそれをどう報じるか」と旧ツイッター(X)に投稿していますが、筆者としても全く同感です。そして、今回のNHKのそれは、報道として超えてはいけない一線を超えてしまったのではないでしょうか。

 

 

〇「停戦」は一見、良い主張のように思えるが…

今回の佐藤氏の主張及びNHKの番組と記事の厄介なところは、一見、良いことを言っているようで、「ひっかかる」人々(NHKスタッフ含め)が、それなりにいるだろうということです。

 

佐藤氏が自身の母親の沖縄戦での経験を語り、“命は何よりも大切”と訴えます。また、「ウクライナがロシアを打ち負かして東部地域やクリミアを取り戻すことは不可能。だから、ロシアとの付き合い方を考えていくべき」「とにかく停戦し、そのあとに外交交渉を」と主張します。

 

ただ、ソフトな語り口ではありますが、要は佐藤氏は、ウクライナの抵抗を否定し、妥協を強いるものです。

 

こうしたものは、そうした層にも佐藤氏の主張は受け入れられる素地があります。日本のリベラル/左派の一部にも見られる主張です。確かに、ウクライナが反転攻勢でロシアから占領された地域を取り戻すことは、大変な困難と犠牲を伴うことは事実でしょう。

 

しかし、佐藤氏や、日本の一部の左派/リベラルが主張する「即時停戦論」は、そもそも日本はロシアの戦争に加担しているという視点を決定的に欠いています。

 

〇まずはロシアへの戦費提供をやめろ

ロシアの最大の産業は石油や天然ガス、石炭といった化石燃料関連。これらが国家歳入の4割以上を占めています。そして、日本はほぼ100%の天然ガスを輸入に頼っていますが、その内、約1割がロシア産です。つまり、日本がロシア産の天然ガスを輸入することで、結果として、ウクライナ侵攻の戦費の一部も担ってしまっているという問題があります。

 

 

不幸中の幸い、あくまでロシア産天然ガスは、日本での需要全体からすればわずか。実際に欧州の国々がそうした取り組みを続けているように、日本としても、ロシア産天然ガスによるエネルギー消費を太陽光や風力などの再生可能エネルギーに置き換えていくべきです。

 

同様に、欧州が経済の「脱ロシア化」を進める中、ロシアにとって重要な貿易相手となっている中国やインド、トルコ等の国々に対しても、国連憲章違反の侵略戦争、民間人を攻撃する戦争犯罪に加担しないよう、対ロシア経済制裁に加わることを求めていく外交が重要です。そうして、ロシアが戦争を継続する力を断つ、プーチン大統領が戦争を続けたくてもできない状況にもっていくことが重要です。

 

こうした、非軍事でやれることもせず、ただただウクライナに妥協を強いることを「平和主義」だと考えているのであれば、それは大きな間違いです。また、ウクライナに妥協を求めるのならば、日本もまたロシアとの北方領土の返還を未だ実現できていないことを考慮すべきでしょう。

 

〇プーチン大統領は戦争をやめる気がない

そもそも、仮にウクライナ側が停戦しようとしても、プーチン大統領の目的は侵攻当初から現在も変わっていません。朝日新聞国際報道部の根本晃記者も"露が当初キーウに攻め込み、未だに「非ナチ化」*を掲げていることからも、民主的に選ばれた他国の政権を転覆させようとしているのは明らかかと。その状況で本当に「折り合い」がつけられるか"と、旧ツイッター(X)上で疑問を呈しています。

*筆者注:プーチン大統領の「非ナチ化」とは、ロシアと距離を置く政権をウクライナから排除することを意味する。

 

 

そもそも、佐藤氏が「命を大事に」と語ること自体に筆者としては違和感を感じます。

 

というのも、佐藤氏は別の媒体でロシア軍によるウクライナ中北部の都市ブチャでの虐殺について、「ブチャに関しては、私は確信をもったことは言えない。というか、関心がない。要するに、戦時中における虐殺事件とか、強姦事件に関する報道は心理戦の一部」「だから私は、そうした残虐行動に関しては、全部カッコのなかに入れることにしているのです。つまり、残虐行動というのは両方がやっている」「私は、ブチャの死者は3通りいると思います。大多数は空爆の犠牲者。ウクライナ軍に協力し、民兵をやっていたか、情報を流していた人間。彼らはロシアに殺された。それから3番目は、アゾフ*に殺された人たち 」*ウクライナ側の民兵組織。等と語っています(関連記事)。

 

ブチャでの虐殺は侵攻開始から間もない2022年3月、ロシア軍がブチャを占拠していた一か月弱の間に起きました。その翌月、筆者はウクライナ政府側のプレスツアーに参加することなく、独力で取材を行いましたが、被害者遺族の証言などを鑑みると、やはりロシア軍によって人々は非戦闘時に無意味に殺されたと観るべきでしょう。

 

 

〇NHKは日本の世論を分断する工作に加担?

筆者がこれまで見聞きしてきた範囲で言えば、陰謀論やフェイク情報は、知的探求心や感情、反骨精神に働きかける手法が多いような気がします。つまり、欧米諸国が過去にやってきたこと、現在のパレスチナ自治区ガザへの惨状に対する反発は多くの人々が抱えるものでしょう。

 

そうした中、ウクライナを支えようという主流的な動きに対し疑問を呈し、あるいは異論を唱えることは、むしろ知的レベルが高い層(或いは、そのように自身を評価している層)にとってこそ、ひきつけられるものがあるのかもしれません。佐藤氏は非常に饒舌で、その独特の経歴からの吸引力があります。だから、今回のクローズアップ現代のように、佐藤氏をもてはやすメディア人が少なからずいるのでしょう。

 

確かに、何事に対しても疑問を持つこと、反骨精神を忘れないこと、それ自体は大切です。しかし、特に報道においては、あくまで事実こそが重要です。そして、加害者の側、普遍的な人権や法の支配を蔑ろにする側のナラティブに沿った発信は、それ自体が加害への加担だと断じられるべきです。

 

何より、筆者が紛争地取材で重要であると思うのは、攻撃されたり、抑圧されたりしている人々の側に立ち、現地の市民の声に真摯に耳を傾けることです。だからこそ、平和を語りつつも自分達が何をできるかは全く考えることすらなく、ただただウクライナの人々に妥協を強いるような主張は、非常にグロテスクに感じます。

 

このような、欺瞞に満ちた「平和主義」は改められるどころか、ウクライナ侵攻から2年が経とうとする今、欧米の「ウクライナ支援疲れ」やロシアがあくまで強硬姿勢を貫く中で、むしろ、日本のメディアを浸食する恐れがあります。そして、それこそがプーチン大統領の思う壺なのです。

 

日本において、非常に影響力のある公共放送であるNHKの中でも、看板番組の一つとも言える「クローズアップ現代」が、今回、欺瞞に満ちた「平和主義」でプーチン大統領のプロパガンダを垂れ流したことは、極めて大きな問題でしょう。

 

こうしたプーチン大領領側のプロパガンダに迎合するメディアを厳しく批判していくこと、そして、本当の意味での平和をいかに実現するかを模索することは、ジャーナリズムの重要な役割かと筆者は考えますし、今後も追及/発言していきます。

(了)

 

以下、本件についてのNHK広報局のコメント。事実上のゼロ回答でした。猛省を促します。

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ご質問に以下、回答いたします。

番組の構成に関する個別のご質問にはお答えしていませんが、このシリー

ズは混迷の時代とどのように向き合うべきかを考えるヒントとして、独自の視

点で現代を見つめる人物にインタビューを行う企画です。

ご指摘の回については、近年相次ぐ戦争や紛争、また国内の災害・事件・

事故など、“危機の時代”を迎えている私たちがいかに生きていくのか、とい

うテーマで、佐藤優さんにお話しいただきました。

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大好調の意見

 NHKは日本のマスコミを代表するメディアであることを考えると、筆者の主張のは頷ずけるものであり、NHK猛省を促したい。