手術を「受けない」「受ける」考え方…3度の狭心症と前立腺がんを経験した医師に聞いた

日刊ゲンダイDIGITAL によるストーリー  • 10 時間

2024.1.28

 

年を重ねれば持病がいくつかあるのは当たり前で、自分なりにどんな最期を迎えたいか考える人は少なくないだろう。医師で医療ジャーナリストの富家孝さんはこれまでに3度、狭心症で手術を受け、前立腺がんと糖尿病を患う。今年、喜寿を迎えるだけに、「そのときは穏やかに逝きたい」と語る。では、持病とどう向き合うのか。

◇ ◇ ◇

富家さんが胸に違和感を覚えたのは、2004年の57歳のときだった。朝起きると左胸が痛み、冷や汗が出た。医師だけに「心臓の血管に異変が起きたに違いない」と思い、すぐに心臓血管外科の名医・南淵明宏医師に連絡したという。

 

「心臓に酸素と栄養を送る冠動脈は3本あって、そのうちの1本が、案の定詰まって、血流が滞っていました。それで血管の内側から目張りして血流を再開するステント留置術を受けたのです」

 

それから8年後、再び激しい胸の痛みに襲われると、今度は閉塞部位の先に迂回路を設けるバイパス手術で一命を取り留めた。さらに、それから2年後は2度目のステント留置で九死に一生を得たという。

 

「私が医学生だったころは、心電図で狭心症を確認すると、冠動脈を広げる冠拡張剤を処方する治療しかできず、ステントもバイパス手術もありませんでしたから、こうした治療が登場する1990年代以前だったら助かりませんでした。しかも、南淵さんは年間200例の冠動脈手術をこなすエキスパート。そんな彼と知遇を得ていたことはラッキーだったと思います」

糖尿病の食事改善は炭水化物を極力カット

そう笑って振り返るが、3度もの大病を起こしたのには理由がある。糖尿病だ。

「医者の不養生で、最初に狭心症を起こした翌年に糖尿病と診断されたのですが、無症状だったこともあり、3度目の手術を受けるまで放置していたんです。しかし、そのときのHbA1cの数値は9.5%。さすがにこのままではマズイと、治療を受けることを決意しました」

 

HbA1cは過去2カ月の平均的な血糖状態を示す数値で、糖尿病の状態や治療経過をチェックする材料になる。基準値は6.5%未満で、失礼ながら医師とは思えない数値の悪さだ。

「恥ずかしながら、若いころは好きなものばかり食べていました。新日本プロレスのリングドクターを務めていたころは毎週1回はしゃぶしゃぶで、それ以外は中華かちゃんこをがっつりと。好物はパスタやかた焼きそばで、シメのデザートもしっかり平らげていたんです。しかも、母をはじめ家系には糖尿病がある人が複数います。遺伝的な素因に加えて、食生活はメチャクチャですから糖尿病になって当然ですね」

 

医師だから、そんな食生活がよくないことはもちろん知っている。

「知識があることとその知識を生かす行動ができることは、まったく別。糖尿病の治療をキチンと受けるようになって、生活改善に励む患者さんの気持ちが痛いほどよく分かりました」

 

患者の気持ちが分かるからこそできるアドバイスもある。

「糖尿病の食事改善で炭水化物は絶対によくない。私が口にするのは玄米を1日65グラムのみです。大好きだったパスタもかた焼きそばも、いまは食べません。甘いものの間食もやめています。でも、肉と魚、野菜はたくさん食べても大丈夫。お酒も、糖質オフの缶チューハイを毎晩2本です。炭水化物を極力カットすれば、それほど食事制限はつらくありません。HbA1cは5.9%と正常です」

 

もちろん、薬は服用する。朝と夜にDPP-4阻害薬を1錠ずつ。それに加えて、血糖値をチェックしながら、インスリン注射を2~6単位追加しているという。

「糖尿病で血糖値がどんなに高くても高血糖で死ぬことはありません。しかし、薬が効き過ぎて低血糖になると意識を失って、最悪の場合、命を落とします。糖尿病の薬で怖いのは低血糖ですが、患者さんの中には薬の副作用をはじめ薬の名前さえ知らない人もいます。糖尿病と薬との関係については患者さんももっと知るべきだし、医師はしっかりと伝えるべきですね」

5分歩くと足がしびれる脊柱管狭窄症は放置

食事と薬との関係をことさらに強調するのは、ある事情が関係する。

「実は脊柱管狭窄症で、5、6分歩くと、脚がしびれてベンチなどで休まないと動けなくなります。ですから、移動はほとんどタクシーで、運動はスクワットや腕立て伏せなど筋トレを各10回ほどしかできないのです」

 

脊椎の中心には脳から自律神経が通っていて、枝分かれしながら臓器や手足の末梢に延びる。長い年月で神経の通り道のどこかが狭くなって、神経を圧迫するのが脊柱管狭窄症だ。少し歩くと痛みやしびれが生じるのはその典型的な症状で、圧迫部位によっては排便や排尿に支障をきたすこともある。

 

狭心症はエキスパートの南淵医師に体を委ねて手術を受けたが、脊柱管狭窄症については放置している。そのスタンスはなぜか。

「確かに、手術で脊柱管の圧迫を取り除くことができれば痛みもしびれも治ります。それは知っていますが、手術が失敗して自律神経が障害されると最悪の場合、下半身不随です。脚のマヒを治したくて、下半身不随ではシャレになりません。そういう例を仕事柄よく見てきたので、脊柱管狭窄症の手術は受けないのです。死ぬ病気ではありませんから、タクシーやバスなどをうまく使いながら病気とつき合えばいいのです」

 

病気と折り合いながら生活していることがよく分かる。富家さんも後期高齢者となり、医師として、人間として老いを実感するからこそ、「穏やかな最期を迎えたい」と強く語る。

自分なりに理想の最期を迎えるにあたって、考え方のエッセンスをまとめたのが「それでもあなたは長生きしたいですか? 終末期医療の真実を語ろう」(ベストブック)だ。

 

■前立腺がんは生検せず、MRIで確定診断を

いまや毎年100万人ががんと診断され、男性は3人に2人、女性は2人に1人が罹患する。がんとの向き合い方も人生の幕切れに大きく関わってくるだろう。富家さんも5年前に前立腺がんと診断されたが、治療は受けていない。

 

「前立腺がんは、がんの中では比較的穏やかで、進行が遅いケースがかなりあります。別の病気で亡くなった方を解剖して前立腺がんが見つかることがあるのは、その証左でしょう。前立腺がんのマーカーであるPSAは上昇傾向ですが、がんは1センチほどで前立腺内にとどまり、いまのところ悪さをする兆候はありません。だから、手術も放射線も抗がん剤も受けず、放置するのです」

 

ラテントがんは、直接の死因にならずに別の病気で亡くなった人を解剖して見つかるがんを指す。前立腺がんのガイドラインによると、70代で2割、80代で3割、90代で5割はラテントがんだ。放置するのは決して“白旗”でも諦めでもなく、ムダな治療を受けないためだ。

 

「前立腺がんを切除すると、尿道括約筋や勃起神経も切られるため、尿漏れや勃起不全が避けられません。年齢的に勃起不全は生活に支障がありませんが、尿漏れは困ります。この年齢でオムツは嫌です。不要な手術を受けたことで、オムツを避けられなくなった人をたくさん知っているので私は放置するのです。治療を受けるとき? 進行してがんが大きくなり、転移しそうになったときです。でも、それまでにお迎えが来ると思いますよ」

 

前立腺がんの診断には腫瘍を採取して悪性度を調べる生検を行うのが一般的だが、富家さんはこれも受けていない。

「前立腺がんの生検もくせもので、失敗すると出血多量や腎不全のリスクがあります。それも嫌で、私はダイナミックMRIという体を傷つけずに済む方法で確定診断してもらいました」

 

なるべく自立した生活を送りながら、穏やかに迎えを待つ。「最期は心筋梗塞でぽっくり逝きたいなぁ」と笑う。

 

大好調の意見

 大変に参考になる教えであると思います。糖尿病も前立腺癌も近年は高齢者に非常に多い病気で、悩んでいる方は多いと思います。

 

糖尿病についての話は大変に参考になりますね。1日に玄米65gのみで極力炭水化物を避け、魚肉野菜はたくさん摂取する食事法でHbA1cは5.9%とは大正解です。病院で指導される食事法はほとんど効果がありません。

冨家氏は前立腺がんを放置することにしたとのことです。しかし、前立腺癌の治療については、各人の症状によると思うので、頭から治療を忌避するのは間違いではないかと思われます。放射線療法と化学療法の併用も有効であると思われます。

 

なお、狭心症について、冨家氏は大変に幸運であると思います。誰でも軽く考えるべきではないと思いました。