大阪・関西万博はどう考えても延期するしかない、これだけの理由【岸田首相に直言】

木俣正剛 によるストーリー  • 57 分

2024.1.10 

 

東日本大震災では、震災当日に

道路復旧計画が決まっていた

 元旦の日本を揺るがした能登半島大地震。岸田首相は「被災者の救命・救助はまさに時間との戦いだ。人命第一の方針のもとに救出に全力をあげる」と宣言し、そのために救助犬を増やすことや道路の復旧を急ぐことなどを指示したと、いかにも政府が全力をあげているような発言を繰り返しています。

 

 しかしこの対応、すでに2011年の東日本大震災時と比べて大幅に遅れているのです。1月4日の時点で、能登半島の道路は寸断されており、各地で渋滞が起こっています。

 東日本大震災ではどうだったのでしょうか。実は当時、『月刊文春』で取材していた私は、国土交通省の素早い対応を知りました。震災が起こった11日の翌日には、被災地に向けて11ルートの道路がすでに開かれ、被災地救援物資と機材のみの通過が許され、すでに復興への戦力がどんどん現場に入りつつありました。

 

 現地の指揮官にあたる徳山日出男・東北地方整備局長(のち、国土交通省次官)が、震災直後に、人命救助と捜索のための道路を開くことを決断。津波のために松島空港が全滅。津波がくる寸前に日本で唯一飛ばすことができた国土交通省のヘリの情報から、太平洋岸の被害が激しいと判断し、その日のうちに復興計画の第一弾を作成していたのです。

 海寄りの道路を諦め、東北の中心部の無事な道路から海岸に向けて、「くしの歯」のような形で道路を啓開することを計画し、あの揺れに揺れている震災当日に、地元建設業者と連絡をとり、道路啓開部隊を52チームに細かく分けて結成しました。

 

 これが震災当日の話なのです。そして、道路はガタガタでもいいから、とにかく通れるようにしようと奮闘しました。国道事務所の職員、地元建設会社のパワーショベルと操作員、そして土嚢やアスファルトの合同チームが協力して、遺体までかき分けるような作業を重ねて、海岸にむけて前進。地震発生4日目までにさらに40ルートが確保されていました。

 

 地震発生から4日目ということは、今回の能登半島地震でいえば、1月4日までにこうした体制を整えていたことになります。

 足もとでは、1月4日時点でテレビでは記者たちが、「能登半島は海岸沿いの道路しかないので、道路事情が悪く、渋滞でなかなか現地にたどりつけない」などとレポートしていました。東日本大震災時は、当初マスコミの車両などは通行不可で、彼らは現地にヘリで入るしかなかったのですが、この決断と大規模な人員、資材、重機の集中投入が、その後の人名救助において大きな助けとなったことは言うまでもありません。

 

 当時、大畠章宏・国土交通大臣は、「現場の徳山局長の判断を私の判断と考え、国土交通省の所掌に囚われず、予算も考えずに判断せよ」と大幅な権限委譲を行いました。福島原発問題という、いまだすべてが解決しない事故のせいで、国民から大きな評価はされていませんが、これは英断でした。あの大震災では、今回とまったく違うスピードで復旧と人命救助の作業が行われていたことを忘れてはいけません。

 

関連するビデオ: 岸田総理 能登地震対応めぐり 与野党に協力要請 (テレ朝news)

 

 もちろん、貢献したのは現地の建設業者だけではありません。大きな道が開けば、復旧のために全国の建設会社が動員され、大量の作業員が努力したことも、世界が驚く復旧の速さに貢献しました。

 

 それに比べて、今回の復旧作業は遅すぎるのではないでしょうか。復旧が遅れれば遅れるほど、被災者の健康も心身の状態も蝕まれていきます。能登半島だけでなく、富山、新潟といった日本の穀物産業を支える地域の労働力が蝕まれてゆくのです。

 

 私には、今回、官邸も国土交通省も統一的な復旧計画を持っていないように思えます。(東日本大震災の場合は、東北整備局と本省を結ぶ回線で、毎日緊密な打ち合わせが行われ、それが危機管理の能力を固めていました)。

死者と行方不明者はこれからも増える可能性

 1月7日時点では、石川県だけで死者126名、安否不明者242名。東日本大震災時と比べて、被害規模が小さいということも、政府の腰がいまひとつ重い原因の一つかもしれません。しかし、今回の地震は能登だけでなく、北海道から鹿児島まで広範囲の被害をもたらしました。被害の全容が把握されたら、今報道されているような規模でなくなることは確実です。

熊本地震と比べてわかる「復興への労力」今こそ岸田首相に求めたい英断

 ここで、今度こそ岸田首相の英断を望みたいところです。いや、その英断によって、現在の復旧の遅れを一気に取り戻すほどの気合と希望を、国民全体に与えてほしいと思うのは私だけでしょうか。

 

 決断すべきことは簡単です。まず、建設業者など復旧のための労働力を増やし、予算を十二分に投下するための手段を講じることです。そのために最も簡単な方法があります。それは2025年に開催される日本国際博覧会(大阪・関西万博/以下「大阪万博」と記述)の延期です。

 

 もちろん、関係者が反対することは目に見えています。しかし、それは冷厳に復興費用にかかる数字を公開すれば、説得できるはずです。能登半島地震の被害規模はまだ確定できませんが、2016年に起こった熊本地震の例を「消防白書」のデータから見てみると、大体似通った数字になるであろうことは予想できます。

 

 熊本地震は2016年10月27日時点で、死者139人 、重症者957人。そのうち震災の直接被害による死者が50人、負傷の悪化や避難生活の負担による死者は84人といいますから、死者数は現時点で判明している能登半島地震のそれと似ています。

 また、住居の被害は同期間で全壊8298棟、半壊31249棟。その他国道や県道の亀裂、陥没、落石、地方公共団体の庁舎の被災などといった、建物やインフラの被害状況も大体似ています。

 

 避難民の数は熊本県だけで18万3882人。現在報じられている能登半島地震の避難民数は石川、富山、新潟で3万4000人強(読売新聞調べ)ですが、日本海側全県に及んだ被害を考えると、避難民の数は熊本ほどではなくとも、かなりの規模になるでしょう。

 こうした中、熊本県は仮設住宅だけで110団地4303戸を建設しました。そして、その復旧に要した予算は概算で500億円にのぼりました。

 

 東日本大震災の場合は復興税という形で予算を確保しました。今回もまた、そういう手段もありえます。しかし、問題は復興・復旧に要する建設業者の数です。

 大阪万博はただでさえ、工事が遅れています。その原因の一つが業者の労働力不足です。

 建築ジャーナリストの千葉利弘氏が執筆した記事「大阪万博『工事遅れ』背景に施行能力不足」(東洋経済オンライン)によると、大阪圏(大阪、京都、兵庫、奈良)の建築着工床面積の数字は17年前には年間2500万平方メートルだったのに対し、2022年度には1600平方メートルを切るほどに落ち込んでおり、そのうち住宅が55%を占めているので、産業用建築は700万平方メートルにすぎないとのことです。

 

 つまり、現状でも年間700万平方メートルのビルなどをフル稼働で作っているところに、突然、大阪・関西万博の会場面積155万平方メートルに相当する建設工事が加わっているのです。「いや、これは会場面積であり、その全てがパビリオンになるわけではないだろう」という反論もあるでしょうが、会場だけでなく周辺道路を含めたインフラ整備の負担もあります。

万博会場にはまだ水道も電気も通っていない

 万博会場となる夢州(ゆめしま)には、まだ水道も電気も通っていないという報道もありました(2023年12月4日付朝日新聞)。会場近くで送電を担う変電所との契約もまだという状態です。万博に直接関係するインフラ整備費は国費負担を含め計8390億円、会場建設費など万博に直接資する国費負担は計1647億円で、総事業費が1兆円を超えるという試算も報道されているほどの大規模工事ですが、現状でもフル稼働の大阪圏の建設業者だけで、この建設に立ち向かうのは不可能といっても過言ではありません。

 

 実際、建設業界からは「本当に間に合うのか」という疑問が万博協会に寄せられていたそうです。結局、現状で期待されているのは、大阪圏以外の建設業者と外国人労働者ということになります。

 

 しかし、国策事業ではあっても、2024年4月からは建設業に時間外労働の上限規制も適用されるため、施行能力の削減は避けられません。その上、もともと太平洋岸の大都市群の建設を支えていたのは、東北や日本海側からの出稼ぎ労働者でした。

 

 今回、能登半島地震の復興作業で彼らのニーズが急増することが考えられ、彼ら自身も故郷を守る行動をとるはずです。「東日本大震災では、全国から労働者を集められたではないか」という反論もあるでしょう。 しかし、これも数字が冷徹に物語っています。

 当時の東北6県の建設投資額は3.1兆円程度だったのに対し、総額22兆円の復旧復興工事費用が投入されました。しかし、日本全体の建設投資額は年41兆円程度まで落ちていました。阪神淡路大震災の1995年当時は年間79兆円あった建設投資が半減していたため、全国の建設業者を動員しても、そう簡単に22兆円の建設工事はできず、復旧工事が完了するのに10年も時間がかかりました(前出・千葉氏)。

全国から業者を動員しても万博工事と能登半島復旧の両立は厳しい

 つまり、全国から建設業者を動員しても、大阪万博の工事と能登半島の復旧を同時に短時間で可能とすることなど、不可能なのです。だからこそ、一旦大阪万博を延期して、そこに必要とされる労働力と予算を日本海側の被災地に集中すれば、復旧も復興も確実に早まるでしょう。

 

 当面、日本海側の諸都市では、道路の啓開、倒壊した住宅の撤去や整理、仮設住宅の建設といった多大な建設業者の労働力と予算が必要になります。正直、万博などと言っている場合でしょうか。ただでさえ準備が遅れ、プレハブ方式での突貫工事が揶揄されている大阪万博ですが、1年延期した方が、むしろ内容のあるものが開催できるはずです。

 

 能登半島救援のためという大義名分があれば、大阪万博の最大の推進者である「日本維新の会」も、延期を強くは反対できないはずです。それこそ、決断力も実現力もないと言われる岸田総理の評価を一変させる行動だと思います。

 

 総理が早期に決断を下すために、野党や産業界、そして大メディアにも、大阪万博延期の大合唱をお願いしたいものです。

(元週刊文春・月刊文芸春秋編集長 木俣正剛)

 

大好調の意見

 残念なことに岸田首相は今回のような緊急事態における指揮に関し全く無能であることが明らかになりました。おろおろと国会の内で集まって会議をしておれば現場の問題点が解決できると思っているようです。

 

内閣官房による高級官僚の人事権掌握は、官房に総力があってのことですが、無能な内閣官房では問題は何一つか愛決しません。会議会議の毎日で日が暮れます。その間に現場では被災者が苦しみ死んでいきました。

 

それと、林官房長官が案外に無能であることが判明したことも驚きです。もっとテキパキと対策を実行するものと思っていましたが、これまた残念なことです。