最新科学に学ぶ「脳の鍛え方」意外と知らないコツ 実は経験的に「当たり前」に行ってきたことだった

安川 新一郎 によるストーリー  • 1 時間

2024.1.7

 

生成AIが台頭した現代において、私たちはどのような「価値」のある存在を目指すべきなのか。そのカギになるのは私たちの「脳の使い方」です。脳を適切に使うために重要なのは、脳の仕組みを理解し、老化を防いで鍛えることです。

 

先端技術の社会実装支援を行う投資・コンサルティング会社を経営する安川新一郎氏が、脳の仕組みと脳を鍛える方法について解説します。

※本稿は安川氏の新著『BRAIN WORKOUT ブレイン・ワークアウト 人工知能(AI)と共存するための人間知性(HI)の鍛え方』から一部抜粋・再構成したものです。

集中力とドーパミンの問題

ストレスに立ち向かい困難に前向きに対処するには集中力が必要です。

そして、集中力について理解するには、脳の「報酬系」の仕組みを理解する必要があります。理解のカギになるのは脳の側坐核から放出されるドーパミンです。ドーパミンは、ともすればエネルギー消費を避け怠惰になりがちな私たちの意識を、外部環境に向けて行動させるための神経伝達物質です。

 

ドーパミンが出ると、その瞬間は多幸感で満たされるため、「快楽物質」と捉えられていますが違います。正確には人間に行動を起こす動機を与える「期待物質」です。

デート当日よりもデートを企画しているとき、マイホームを手に入れた後よりも、マイホームについて思いを巡らせているときにドーパミンは分泌されます。

 

また、ギャンブルが止められず賭け金が高額になっていくのも、一度得た快楽は脳にとって想定内となって、新たな期待に向けたドーパミンは賭け金を上げていかない限り分泌されなくなるからです。

 

ドーパミンは本来「報酬系」として必要な行動に集中させますが、抽象的思考や論理的思考を担当し脳の司令塔として集中力をコントロールする前頭前皮質にも良い影響を与える効果があります。

 

そしてこのドーパミンは有酸素運動によって分泌量が増えることが明らかになっています。正確には、運動を終えた数分後に分泌量が上がり、数時間その状態が続くとされています。

 

私たちも、眠くて最初は嫌だった朝のジョギングでも、走り終えた後には爽快な気持ちになった経験があると思います。また、その後の会議や作業も普段より集中して行えた記憶もあるかもしれません。それらはドーパミンのおかげです。

それは、恐らく狩猟採集民族として、獲物を追って走っているときこそ、全集中力を発揮して、地理的な状況や獲物の動きを推測し、適切な判断をすることが切実に求められていたからだと思います。

脳は毎年0.5~1%程度縮んでいる

狩猟採集民族としての私たちの先祖は、獲物の群れを見つけた、食料となりうる果実やキノコ類の群生を見つけた、もしくは天敵と出くわしたなど、狩猟採集の運動中に重要な情報を発見すると、その位置や変化を脳の「座標系」モデルとともに記憶したのだと思います。

 

その座標系モデルの〝脳のGPS〞ともいうべき、空間の認知学習とその記憶を司るのは、海馬という部位です。私たちの身体ハードウェアの仕組みは狩猟採集民族の頃と変わっていませんが、細胞単位では生成と解体が進んでいます。脳の大きさは25歳頃がピークで、脳細胞は毎日10万個ずつ失われています。また、脳には1000億個の細胞がありますが、脳は毎年0.5~1%程度縮んでいます。

 

1日中、ユーカリの木でユーカリ葉を食べるだけの生活を送っているうちにコアラの脳が頭骨よりも小さくなった例もあります。一方で、運動をすれば脳細胞を新生させられることが明らかになっています。

 

アメリカの研究チームによると、心拍数が上がる持久力系の運動を1年行ったグループは、海馬のニューロンが新生し、サイズが2%大きくなっていたのです。

BDNFが増えることで新しい細胞が生成される

海馬の成長に重要な役割を果たすのがBDNF(脳由来神経栄養因子)というタンパク質です。このBDNFは脳細胞を保護し、生存と成長を促し、脳細胞間の連係を強化し、学習力と記憶力を高めているとされ、有酸素運動によって生成され分泌が促されます。

 

BDNFによって、脳で新しい細胞が生成され、多幸感が訪れ、性格も少し変わるとされています。また、BDNFが増える結果、短期記憶が長期記憶に転送されやすいこともわかっています。

 

哲学的な思考や、抽象概念を長期記憶に多く格納し、それらをたどりながら考えるためにも、散歩や軽く運動することで海馬を鍛え、そして考えることが重要なことがわかります。

 

また新生した脳神経細胞は50%しか生き延びられないのが、「新しい環境」にいると80%生存することが、マウスの研究等から確認されています。最新の生命科学では、生物は常に最適化に向けた最短距離を求めるアルゴリズムよりも、一見無目的に経路を様々に探索するアルゴリズムのほうが、環境変化への対応に適していると言われています。

これは、短期的な効率化だけの追求が必ずしも長期的な生存目的には適さないということも意味しています。

 

私たちの身体は遺伝的にも、無目的に新しい環境条件を試すことで、自らを進化成長させる傾向があります。新しい環境へと移動し、出来事に出会い、必要な情報を記憶し、そこで身体を動かすという生活に適応するように人類は進化してきました。

 

私たちは、休暇を取って旅に出て、見知らぬ街を散歩したり、山に登ったり海で泳いだりすることを好みますし、軽い運動をすると気持ちがリフレッシュします。最先端の脳神経科学が証明しつつあることは、私たちが普段から経験的にごく当たり前に行ってきたことでもあるのです。

 

野山を歩いて山菜や木苺を以前見つけた場所に行って採ったり、うさぎやイノシシを追いかけて捕まえたりしていたように活動すれば、集中力や記憶力が向上するといわれても、ピンとこないかもしれません。

 

しかし、繰り返し述べているように私たちの身体ハードウェアはどこまでいっても、狩猟採集民族として生存するようにプログラムされているのです。できれば自然のなかで運動をすることで、それらの脳の働きにスイッチが入るのです。

週3回以上、30分程度、息が少し上がる程度の運動習慣

脳に関するベストセラー作家で、スウェーデンの精神科医であるアンデシュ・ハンセンによると、週3回以上、30分程度、息が少し上がる程度の運動習慣をつけることが大切とのことです。

先程の研究チームによる海馬の成長を確認した持久力系運動も、実際には週3回、40分早歩きで歩いただけでした。運動によって海馬だけでなくストレス反応を抑制する前頭葉も強化され、ストレス反応が減るのです。

また、運動は、アイデアの着想を得ることにも効果があります。

思考にはアイデアや発想を広げる発散型と、それらを抽象概念等でまとめていく収束型がありますが、有酸素運動は海馬が拡張するため、発散型思考力のほうは運動で強化されるとされています。

抽象概念で収束させる思考は、まだ人類にとっても比較的新しいため、私たちが長く行ってきた運動とはまだ関係が証明されていないのかもしれません。

運動は、手軽なジョギングやウォーキング以外には、テニスやフットサル、ダンスなどの心血管系と脳を同時に使うスポーツを低から中強度で行うのが良いようです。

「脳を鍛える」目的の運動に一番効果的なこと

また10分ほど有酸素運動をした後、ロッククライミングやボルダリング等の頭を使うスポーツをすることも効果的とされています。旅先でのトレイルランニングも良いと思います。

非日常の自然環境の中で、脳に新しい刺激を受けながら、軽く汗ばむ程度の運動を30分ほどする、これが脳を鍛える目的の運動には一番効果的なようです。

逆に高強度のトレーニングは、疲労回復をするために血流が脳ではなく筋肉に向かうため学習力と記憶力の強化ができない、意識が動作そのものに集中するためあまり思考することができない、等の理由から、脳の機能向上にとっては望ましくないという方向に科学者の見解は向かっているようです。

 

あまり追い込まずに、少し心拍が上がる程度の運動を定期的に行う。気の赴くままに森や公園を散歩する。まずはここから始めると良いと思います。

運動の回数は毎日である必要はなく、週に2~3回30分程度でも効果があるとされています。また、筋肉トレーニングは顔と名前を一致させるなどの連想記憶が強化されるという説もあります。

健康維持の目的だけでなくストレス解消や脳の機能向上も含めて、全ては低強度の運動を週3回やることで解決するのです。

 

大好調の意見

「週3回以上、30分程度、息が少し上がる程度の運動習慣 」との有益なご指摘である。今後は頑張って、散歩だけではなくて、少しきつめの筋肉運動を短時間やりたいと思います。