大学2年生。
一つ目の落とし穴かな。
大学時代は、ほぼラクロスやったからラクロスしかかくことないね。
この年の目標は、
チームの1軍になってリーグ戦に出場すること
関西ユースメンバーに最後まで残り、ハワイに行くこと
でした。
がむしゃらに練習しましたね。
チームのメンバーと深くコミュニケーションを取ることも無く、
自分が信じた道をひたすら進んでいました。
この時、自分が信じていた道は、
1on1を極めるということ
抜いてシュートを決める
これでしたね。
これをひたすら練習していました。
もちろん間違っては無いんやけど、
考えが甘かった。
最初は良かった。
1on1は、オフェンスの起点やからね。
誰かが仕掛けて、抜くことでディフェンスが崩れていく。
リーグ戦に入る前には、チームでも関西ユースメンバーの中でも、
認められるようになってきました。
そして国際親善メンバーにも2回生で2人だけ選出されたのですが、
それにも選ばれた。
外人に吹っ飛ばされた記憶しかないけどね。
実際試合時間は5分ぐらい。
でも、自分はやれば出来るんだという自信がかなりついていた。
調子に乗っていた。
でもリーグ戦はそんなに甘くなかった。
スカウティングというのがあるんです。
敵チームの研究です。
試合をする前に相手のチームのオフェンスの特徴や、
選手の癖を研究することですね。
最初の2試合は結構活躍出来た。
でもそれ以降不思議なことが起きたんです。
今まで簡単に抜けた相手が抜けなくなったんです。
そして、抜けたとしても次のヘルプのディフェンスが早めにくるようになったんです。
このスポーツは、右手でも左手でもシュートを打つ能力が必要です。
当時は、まだ未熟だったので左手でシュートをうつことができなかった。
もちろんパスもおぼついていない状態。
だから、1on1で左で抜いても何も出来なかったんです。
それを読まれていた。
また抜いてヘルプがきた時の対応をそんなに練習していなかった。
そうなると、まさに使いもんにならない状態でした。
試合が終わってからのカウンターチェックという反省会でも、
11:00 岡崎もっとしっかり周りを見るように!!!
43:22 岡崎周りを活かした1オン1をするように!!!
といった具合で周りからだめな所ばかり指摘されて、
どんどんプレーも萎縮していった。
そしてそれとは正反対に同期の山下君は大違い。
チームの中で上手くとけ込み、しっかり自分のオフェンスが出来ていた。
そしてますます上達して周りの大学からは脅威の2回生として恐れられることに、
そして、結果的にチームでは5位という成績だったにもかかわらず、
2回生ながら関西ベスト10メンバーに選出されるという素晴らしい結果を残した。
ライバルの活躍にまたまた自分の中での悪い癖が出てきた。
自分の中で相手と比較してますます追いつめられていた。
他大学のユースメンバーがリーグ戦でぼちぼち活躍してきている中、
僕の出番はますます少なくなってきた。
ユースの中での評価は高くて、ハワイメンバーにも選ばれたけど、
チームの方針で行けなかったしね。
やっぱり自分は何をやってもだめなんだ。
今のポジションが自分には向いていないのでははないか。
2回生の終わりの時には、完全に自信を喪失していました。
原因は、チームとコミュニケーションが取れていなかったことと、
One for all, all for oneの精神が欠けていたこと。
この時点では、まだ気付いていなかった。
だから三回生になってポジションを変更するという逃げの選択をしたんです。
先輩の声も聞かずにね。
この選択は、結果的には良かったのですが、
選択した理由は、まったく良くないことだった。
自分の弱さが出た2回生。
でも、努力だけは誰にも負けていなかったと思う。
ただ努力のやり方が間違っていた。
全ての時間と労力をかけていたことだったから、
その居場所で自分が認められないことは本当に辛かった。
遠回りやったけど、今になってこの経験はとても生きている。
体感出来たことが良かった。
壁から逃げても、また同じ問題がやってくる
One For all, all for one
この二つを体感出来たのはその後の人生にとってものすごく良かった。
そして、二つ目の落とし穴ですね。
それは3回生のポジション変更がきっかけでした。
この状況で、3回生の終わりに関西BEST10に選ばれるなんて、
思いもしなかった。
今思えば、2回生の時の自分と3回生の時の自分の大きな差は、
「自信」
だけですね。
自分を信じることができるということはこれほど大きな力を生むんだということを、
実感出来たね。
もちろん、揺るぎない自信をつくるためにやらなければならないことは、
たくさんあるんですけどね。
あ~ほんまに2回生の時はつらかったな。
辞めるという選択をしなくて良かった。
自信も自分にエネルギーを生み出すけど、
人を愛する力もまた違うパワーを生み出すね。
たとえ、それが叶わなくてもね。
昨日は寝てしまって、勉強以外のやらなあかんこと出来てなかったから、
今日は全部こなすぞ。
やっぱりビールはやること終わってから飲もうっと。
母が一人で寂しそうに飲んでいたから、ついつい。
さあ勉強しますか。
るんるん♩
るんるん♩
ごん助の逆襲!!!!
大学1年生。
憧れていた大学が始まります。
気分はうきうきでしたね。
何か新しいことに挑戦したかったね。
この時点では、まったく自分に対して自信を持てなかったから。
バスケも補欠。ハンドも、半分補欠。
何をやってもだめ!!!
これが19歳の時のオカッチやね。
とにかくそんな自分を変えたかったね。
次やったら成功する、そんな自信は強くあったんです。
なぜ今まで結果がでなかったかがこの時点でうっすら見えていた。
5つあった。
1 好きなことしかやらなかった
2 one for all, all for oneの精神がまったくなかった
3 試合を意識した練習をしていなかった
4 目標がなかった
5 チームのメンバーとコミュニケーションをしていなかった。
こんな感じですね。
変えたかったね。
だから大学から始まるスポーツであるラクロスを選んだ。
スタートラインは同じ。
しかも、バスケとハンドやっている人はとっても有利。
僕は両方やっている。
努力では負けない自信がある。
ラクロスを始めました。
とりあえず、練習量では誰にも負けたくなかった。
1回生の時の目標は、関西ユースメンバーに選抜されること。
そのために、夏のキャンプの試合でコーチ陣にアピールしなければならない。
がむしゃらでしたね。
朝7時にグラウンドについて朝練して、家に帰って河川敷で練習の繰り返し。
その努力が実って、夏のキャンプではユース候補として選抜されました。
ただ、正式なユースになるには冬の新人戦で好成績を残さないといけない。
期日が決められている目標が出来てやりやすかったね。
チーム内の中でも、Aチームに選ばれるという目標を立てていました。
これは叶わなかった。
同じ1回生の山下君が唯一選ばれたね。
僕のライバルでした。負けたくなかったけど、負けてしまった。
でもそんな彼は、当時関西ではナンバー1のプレイヤーやったので、
ライバルが彼で本当に良かった。
同じポジションやったけどね。
この時点では、ライバルである見方である彼にとても感謝をしていた。
2回生になるまでは・・・そこから、自分の弱さが出たね。
新人戦も3位に入賞して、関西ユースメンバーに選抜されることになった。
この段階では同志社は5人選ばれたんかな。
次の年以降に3回のふるい落としがあって、
ハワイユースメンバーを決めるような流れでした。
このユースの活動はありがたかった。常に高いレベルの目標を立てることができたし、学校以外の優秀なライバルがたくさん出来た。
でも、まだ苦手なことが二つ克服出来ていなかった。
高校の時の反省の2つです。
○ チームのメンバーとコミュニケーションを取る
○ one for all, all for oneの精神
です。
この2つが、2回生と3回生の時の大きな落とし穴につながります。
これをみたら自分のことしか考えていないことがよくわかる。
チームの運営のことには全く興味がなかった。
とりあえず、自分がうまくならないとチームに居場所が無くなる。
チームのことを考えるのは、もっとだいぶん先の話だ。
チームは、自分を上手くすることを考えてくれたらいいんだ。
そう書いてますね。
これが落とし穴につながった。
本当にいい経験が出来た。
まあ1回生終了時点では、ほとんどの目標を達成して少し自信がついてきた頃かな。
でもまだぐらぐらな自信やけどね。
やっぱり小さな成功でもいいから積み重ねていかないと、
揺るがない自信はついてこないね。
まあ最高に楽しい一年やった。
最後の写真ですが、これは高1の時に街の祭りでコントをやった時の写真かな。
おじいちゃんが数名、おばあちゃんが1名のエナジーあふれるお祭りやったよ。
るんるん♩
変化
自分の変化が。
さっき夜の街をランニングしていたんですけど、
街の景色がとっても変わっているんです。
もちろん、単純に新しくなった部分はあるんやけど、
変わっていない道や建物もたくさんある。
そういうものに触れることで、
当時の自分がすーーっと入ってくる。
変わったなー街も自分も。
昔はどんなことでも一人で楽しめる人やったんやけど、
今は、一人で飲んでもおもんないね。
今のこの心境で実家に過ごすのはもう2度とないと思う。
2度と来ない今を感じれている自分は幸せやね。
今。
ビールうまい。
るんるん♩
Mr. おかっち








