大学1年生。
憧れていた大学が始まります。
気分はうきうきでしたね。
何か新しいことに挑戦したかったね。
この時点では、まったく自分に対して自信を持てなかったから。
バスケも補欠。ハンドも、半分補欠。
何をやってもだめ!!!
これが19歳の時のオカッチやね。
とにかくそんな自分を変えたかったね。
次やったら成功する、そんな自信は強くあったんです。
なぜ今まで結果がでなかったかがこの時点でうっすら見えていた。
5つあった。
1 好きなことしかやらなかった
2 one for all, all for oneの精神がまったくなかった
3 試合を意識した練習をしていなかった
4 目標がなかった
5 チームのメンバーとコミュニケーションをしていなかった。
こんな感じですね。
変えたかったね。
だから大学から始まるスポーツであるラクロスを選んだ。
スタートラインは同じ。
しかも、バスケとハンドやっている人はとっても有利。
僕は両方やっている。
努力では負けない自信がある。
ラクロスを始めました。
とりあえず、練習量では誰にも負けたくなかった。
1回生の時の目標は、関西ユースメンバーに選抜されること。
そのために、夏のキャンプの試合でコーチ陣にアピールしなければならない。
がむしゃらでしたね。
朝7時にグラウンドについて朝練して、家に帰って河川敷で練習の繰り返し。
その努力が実って、夏のキャンプではユース候補として選抜されました。
ただ、正式なユースになるには冬の新人戦で好成績を残さないといけない。
期日が決められている目標が出来てやりやすかったね。
チーム内の中でも、Aチームに選ばれるという目標を立てていました。
これは叶わなかった。
同じ1回生の山下君が唯一選ばれたね。
僕のライバルでした。負けたくなかったけど、負けてしまった。
でもそんな彼は、当時関西ではナンバー1のプレイヤーやったので、
ライバルが彼で本当に良かった。
同じポジションやったけどね。
この時点では、ライバルである見方である彼にとても感謝をしていた。
2回生になるまでは・・・そこから、自分の弱さが出たね。
新人戦も3位に入賞して、関西ユースメンバーに選抜されることになった。
この段階では同志社は5人選ばれたんかな。
次の年以降に3回のふるい落としがあって、
ハワイユースメンバーを決めるような流れでした。
このユースの活動はありがたかった。常に高いレベルの目標を立てることができたし、学校以外の優秀なライバルがたくさん出来た。
でも、まだ苦手なことが二つ克服出来ていなかった。
高校の時の反省の2つです。
○ チームのメンバーとコミュニケーションを取る
○ one for all, all for oneの精神
です。
この2つが、2回生と3回生の時の大きな落とし穴につながります。
これをみたら自分のことしか考えていないことがよくわかる。
チームの運営のことには全く興味がなかった。
とりあえず、自分がうまくならないとチームに居場所が無くなる。
チームのことを考えるのは、もっとだいぶん先の話だ。
チームは、自分を上手くすることを考えてくれたらいいんだ。
そう書いてますね。
これが落とし穴につながった。
本当にいい経験が出来た。
まあ1回生終了時点では、ほとんどの目標を達成して少し自信がついてきた頃かな。
でもまだぐらぐらな自信やけどね。
やっぱり小さな成功でもいいから積み重ねていかないと、
揺るがない自信はついてこないね。
まあ最高に楽しい一年やった。
最後の写真ですが、これは高1の時に街の祭りでコントをやった時の写真かな。
おじいちゃんが数名、おばあちゃんが1名のエナジーあふれるお祭りやったよ。
るんるん♩



