ミスターおかっちの BLOG -295ページ目

不安と死の恐怖。


目の前にある壁や、死ぬことへの恐怖。

これを乗り越えた先に生きる喜びが見えてくるって

学者は言うけど、これ結構難しいよね。

誰でもポジティブシンキングの方が、

ネガティブにとらえるよりも幸せになれるのは知っている。


知っているけど確信にはなっていない。

そして、その信念を行動によって実証出来ていない。


毎日の習慣や、独り言がかちこちの自分を作ってしまってるんやろうね。


さあ今日は朝の4時から起きて勉強してます。

見えない物を、一緒に見えるようにするお手伝いって楽しいね。


るんるん

吉野家の牛丼。


ふー。

長い連休も終わりほっと一息ですね。

今週はゆるりと過ごしました。

嬉しいことに、

バスケットボールが上達してきたようです。


3つのゴールを設定しました。

1. 1on1

どのタイミング、角度からでも抜いてシュート出来る。

2. 3Pシュート

どのタイミング、角度からでもシュートが入る。

3.ジャンプシュート:

どのタイミング、角度からでもジャンプシュートが入る


とってもシンプルな目標です。


1ヶ月の練習により、左ドリブルがかなりスムーズに出来るようになってきた。

最近は、レッグスルー練習中です。

まだまだ中学レベルですね。(笑)


ここからです。


こつこつ地道にやっていきます。


吉野家の牛丼食べたいです。

誰か送ってくれへんかなー

るんるん

迷ってる。

論文書くか迷っている。
論文を選択するとフィールドワークが少なくなって、
多大な時間が論文作成に割かれることになるでしょう。



でも論文を書く技術は欲しい!!!!!



自分がやっていることを科学的根拠として公表できるからね。
誰も真似が出来ない商品に変えることができるということです。
論文を書くことで新しいネットワークも広がっていくし、
自分のメッセージがより強く広く伝わりやすくなる。
しかも英語の論文が書けるということは、
世界中に発信出来るということになるんですね。


これはかなり重要や。




あかん。
この技術は必要な気がする。


そして、研究したいテーマも実はあるんです。
これはやりたい。



これをデータとして発表出来たら、
きっと面白いことになるやろうね。


うーーーん。


この領域はデータよりも経験がモノを言う世界でもあるからね。



もう少し考えよう。




書く方向やね。

3つの軸。

大学卒業するまでに極める3つの分野が決まりました。

1 Youth Development through sports
スポーツを軸にした教育プログラム

2 Transferable training
スポーツやダンスで得た能力を日常生活スキルに変換するトレーニング

3 Parents education
親に対する教育プログラム

まだまだ増えるかもやけど、
この3つはしっかり知識をいれ込んで、実戦経験を踏んで日本に帰ってきたいね。


今日もアルバート教授にアポイントもらって一時間しっかりとお話し出来ました。
幸せやん。


さあたくさんの宿題をもらったので、
しっかり消化します。


るんるん♩

おかち

トラウマ。

どう見えてるか分からないですけど、
結構色々な経験してますよ。


小学校の時はいじめられていたしね。
小4ぐらいまではいじめっ子やったんやけど、
ある事件をきっかけにいじめられる側になりました。



これは僕の人生の転機やったかもしれないね。
あの日のあの事件がなかったら、今の僕は今の僕ではなかった。
それが良い方になっているか悪い方になっているかはわからんけど、
多分、良い方になっていたでしょうね!!!!
小5からの2年間はほんまに辛かった。



あの事件は忘れられない。
なんてない小学校の休憩時間やね。
みんなでマンガの絵を書いていたんです。
北斗の拳やったかな。
そして仲が良かった友達が「かなりいい感じに出来た、見てー」って言ってきたので、
見たのですが、あんまり上手くなかったので、
「それほどでもないやん」
って言ったんです。
そしたら友達が、
「お前に言われたくないわ!!!」

って言い返してきたんです。


ただこれだけのことです。
そこから僕の人生は大きく変わりました。

しばらく二人はとても気まずくて僕も人間が出来ていなかったので、
少し避けていました。
普段ならみんなで休憩時間はドッチボールをしていたのですが、
それもせずに一人で教室でマンガ書いてました。

仲が良かった友達は僕よりも大人やったので、
何度か声をかけてくれたのですが、
僕はそれを避けてしまいました。
その友達はクラスの中心にいる子だったので、
だんだんクラスの友人とも話をする機会が少なくなりました。
その時期、ちょうど僕も中学受験のために忙しくなってきていたので、
まあ学校の友達とはそんなにからまなくても良いと思っていたんでしょうね。
気付いたら一人になっていました。

事件があって2ヶ月ぐらいが経ち、
無視をされるようになりました。
それからしばらくして、
机や体操服にいたずらをされるようになりました。
落書きされたり、水でびしょびしょにされたり。
そして、とうとう 暴力を受けるようになりました。
暴力には今も昔も弱い僕は、
2回目に殴られた時に、泣いてしまいました、
クラスの女子も観ている中やったから、
これはとても恥ずかしかったし屈辱的なことやった。
でも誰にも相談出来ず一人で半年間抱えていたので、
どうしても耐えられなかった。
クラスが始まっても涙は止まりませんでした。
そして、先生は僕を見て言いました。
「なんで泣いてるの?」
言葉が出てきませんでした。
そしたら正義感の強い女子が、
「大ちゃんは男子に殴られて泣いてるんですよ」

とても恐い先生でしたので、
殴った男の子を壇上に連れてきて、
みんなが観ている前で殴り、放課後に生徒の両親を呼んで、
説教をしました。

それから、いきなり仲が良くなるはずもなく、
無視は続き、
小学校生活が終わりました。

数えきれないです。
家に帰って部屋で布団にくるまって泣いた回数。
親にも恥ずかしくて言えず、塾の友達にも言えるはずがない。

放課後のほとんどを塾で過ごし、
塾に友達もいて、私立の中学に合格して、
小学校の生徒とは違う学校に行くことになっていたので、
耐えることができた。

でも、もし塾に友達もおらず、
私立の中学校に落ちていたら、
絶対耐えることができなかったやろうね。
中学になるともっといじめが激しくなるやろうし、
もはや先生に止めることは出来ないやろうから。


この経験は、今の僕の重要の一部になってるけど、
この経験がなかったら、どうなってるんやろう?

あの時、すぐに仲直りしていたら、
いじめられることはなかったやろうね。
まあそれは分からんか。
言えることは、
その後の人生が大きく変わっていたやろうね。


この経験でねじ曲がってしまったおかげで、
その後の人生で色んな回り道が出来た。
これは良いことですね。

ねじ曲がった人格がいったん普通になって、
また違う方向にねじ曲がっている感じですね。


全部自分で判断しなければならない状態は危険やね。
もちろん親はいるんだけど、親以外にお兄ちゃん的な存在で、
ほんまに何でも相談出来て客観的にアドバイスしてくれる人が、
小学校~高校生の時にいたら、成長するスピードは格段に上がるやろうね。

これは和歌山に帰ったらやります。

るんるん♩