この記事は、穂吉のブログの「2012-09-21 16:35:17」にUPした『日本の神話130. ~第四部 大和~ =第十一章 垂仁(すいにん)天皇=』という記事を再編成してUPしています。
最初のお話し 『日本の神話01』 前回のお話し 『日本の神話129』
この回も、大君、活目入日子五十狭茅命様の御世のお話しです。
曙立王と菟上王を御子様、誉津別命様の、出雲国へのお供にすると決められた大君は、今度はどの道で出雲国まで向かわせるを占わせました。
すると、
『奈良山越えで山城国(やましろのくに)へ出て、そこから出雲国(いずものくに)に向かう道を辿ると災難が降りかかるでしょう。大阪越えで、河内国(かわちのくに)へ出る道を辿っても、又、同じ様な災難が降りかかるのです。唯一、災難が降りかからない道順は、真土山(まつちやま)越えで紀伊国へ出てから、出雲国へと向かうのが良いでしょう。』
と云うように占われました。
このように全て最善の状態を取り決めた末、御子様は御出立されたのでした。
そして立寄る先々の各地に、誉津別命様の御名を残されるために、品遅部(ほむちべ)いう名の村を定めました。
そのようにして御子様の御一行は、とうとう出雲国にご到着されたのです。
御子様は、大神をお祀りする御神殿にお入りになり、早速、大神への儀礼をおこなわれたのです。
さて無事に祭儀を終えられ、引き返し都へ登る途中、御子様の御一行が斐伊川(ひいかわ)まで来た時の事です。
その場所に黒い丸太木を簀子(すのこ)の様に並べて橋を作り、その上に仮の御殿を造って、そこを御子様の仮の宮としました。
この時、出雲の国造(くにのみやつこ)の祖先にあたる岐比佐都美(きひさつみ)と云う者が、仮の宮よりも少し川下の場所に御食事の用意をいたしました。
沢山の木の葉をまるで青々と繁った山のように積み重ね、それを膳に見立て、その上にお食事を飾りつけ、御子様へとお出しになられたのです。
するとその膳を御覧になった御子様は、
『この川下に青葉が山の様に見えるのは、見かけは、ただの山の様に見えても、本当はそうではない。あれは出雲国の大神にお仕えする、神職の斎庭(ゆにわ)(斎場)だろうか・・・』
と、お尋ねになられたのです。
これを聞かれたお供の方々は、驚きそしてたいそうお喜びになられました。
- 追 記 -
「斎庭(ゆにわ)」とは、神をお祀りするために、斎(い)み清めた場所のことで、「斎場(さいじょう)」とも言います。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
おしまい。

