この記事は、穂吉のブログの「2012-08-22 16:30:47」にUPした『日本の神話100. ~第四部 大和~  第一章 神武天皇=』という記事を再編成してUPしています。



最初のお話し 『日本の神話01』     前回のお話し 『日本の神話99』



 疲れ切った神倭伊波礼毘子命様が、空に向かい助けを乞う歌を歌われ、休息していた時のことです。

 御子の目の前に、見知らぬ一人の男神が現われたのです。この神はご自身を『邇芸速日命(にぎはやひのみこと)』と名のりました。

 邇芸速日命は、御子の元に来ると、

『天津神の御子様が、天上よりお降りになられたと聞き及びましたので、こうして追いかけ下って参った次第にございます。』

そう言うと自身もが天津神の子である証明として、神の宝を御子に献上したのです。

 邇芸速日命は、この後、天孫の神倭伊波礼毘子命様に仕えました。

 そしてとうとう御子は最後に、畝傍の地(うねびのち)(奈良県橿原市)に到着したのです。

 そしてこの地に『都を作る』とご宣言なされました。

 こうして作られたのが、『白檮原宮(かしはらのみや)(橿原宮)』です。

 ここから日本は始まるのです。



- 追 記 -

『邇芸速日命(にぎはやひのみこと)』様は、『日本書紀』においては 『饒速日尊』様と書かれています。
また、「天照國照彦天火明櫛玉邇芸速日命(あまてる くにてるひこ あまのほあかり くしたま にぎはやひのみこと)」様とも仰います。

邇芸速日命様は、この場にいらっしゃるより以前に、
『登美能那賀須泥毘子』の妹の、『登美夜須毘売(とみやすびめ)』を妻とし、『宇摩志麻遅命(うましまじのみこと)』と云う子をもうけました。
この『宇摩志麻遅命』は、『物部連、穂積臣、采女臣の祖』とされています。

邇芸速日命様には、『神倭伊波礼毘子命(かむいわれびこのみこと)』様が東征していく最中に、それに抵抗した妻の兄である『登美能那賀須泥毘子』が敗れた後、『神倭伊波礼毘子命』様が、『天照大御神』様のご子孫であるということ知り、急いで『神倭伊波礼毘子命』様の元にやってきたというエピソードが残っています。



ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

おしまい。
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