標準語や共通語で的確に表現できない言葉は多くあり、筆頭と言い切ってもいいのが「ややこしい」である。「ややこしい」は方言ではなく、「理屈の通じない幼児のように扱いにくい」という意味で、「稚児しい」「嬰児しい」という漢字もある。関東では現在、もっぱら「複雑でわかりにくい」という意味で用いられるが、関西では一筋縄ではいかない。そのときの状況などによって、バラエティに富んだ使われ方をするからだ。

 まずは標準語と同じ、「複雑」という意味。「その話、ややこしいから分かれへん」というふうに使われる。また、新しいで電気製品を買ったのはいいが、機能が複雑すぎると「ややこしい機械」になる。

 では、次の場合はどうか?

「あの会社、ややこしいみたいやで」

「ホンマ? 友だちの旦那、勤めてんのに」

 この「ややこしい」は、「危ない」や「おかしい」の意味となり、主に経営状態の悪化に使われる。

 続いては、「ややこしい人」だ。「あいつ、最近、ややこしい連中と付き合うてるらしいで」の「ややこしい連中」とは、不良や反社会的勢力に属する人、もしくは犯罪予備軍を指す。そんな人たちが起こす「ややこしい事件」となれば、「難解な事件」「わけのわからない事件」であり、これは標準語の意味に似ている。

 男女の関係にも「ややこしい」があり、「あそこの旦那、隣の奥さんとややこしいみたいやで」は「おかしい関係」、すなわち不倫関係を言う。つまりは、正道でない邪道を意味するのだ。

「ややこしい仕事」といえば、スムーズにはかどらない仕事。困難だけでなく、発注先が「ややこしい会社」であったり、手順が複雑であったりする場合にも当てはまる。

 明確でないものも「ややこしい」とされ、「ややこしい天気」は晴れるのか雨が降るのかはっきりしない天気のこと。晴れていたのに急に雨が降るのは「けったいな天気」で、それが継続すれば「ややこしい」にもなる。

「込み入った道」は「ややこしい道」だし、わざわざ「面倒」な行動をすれば「ややこしいことせんと、素直にやれ!」と怒られてしまう。「ややこしい」の意味を完全に理解するのは、関東人にとって「ややこしい」に違いない。

 

関西人VS関東人 ここまで違うことばの常識」(河出書房新社)より

 

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