ある席で、関西出身の男性から「自分、気にしぃやなぁ」といわれた女性がいる。言われた女性は、「わたしって細かい女ってこと?」と、内心傷ついてしまったらしい。確かに「気にしぃ」は、関東人にとってニュアンスの判別しにくい言葉だ。ただ言った方も、大した気持ちで口にしたわけではない。

「気にしぃ」は「細かいことを気にする人」という意味だ。こだわりの強い人、ルールを厳密に守る人、潔癖症の人などを指して言う。これらは決して悪いことではないし、人間としては優れたタイプだといえる。しかし、ささいなこと気にしすぎると疲れも出るだろうし、ストレスもたまりやすい。そんな人に対して、「あんた、気にしぃやな」と忠告する。言葉の裏には、「そんなん、ほっといてもかめへんやん。気にしぃなや」(そんなこと放っておいてもいいじゃない。気にしないで)という意味が込められているのだ。

 つまり冒頭の男性は、「君は細かなことまで気にしすぎるタイプだね」という意味を伝えたと考えられる。また、「君は細かなことまで気の付くタイプなんだね」という好意を告げたともいえる。どちらにせよ、「ゆわれたからいうて、そんなん気にすることないやん」というレベルの言葉なのだ。

「気にしぃ」を関西弁以外に直すと、「ナーバス」に近いかもしれない。ただ、ナーバスは「神経質」という意味なので、完全に合致しない。すぐにイライラしてしまう神経質な人に、「気にしぃ」とはいわない。「いらち」である。「気にしぃ」は、「食事のときにフォークとナイフが真っすぐ並んでいないと気に入らない」「本棚の本はジャンルで分けて並べていないと直したくなる」「遅刻をすごく恐れる」といった性格の人だ。大雑把な人間からすれば、確かに「気にしぃなや」といいたくなる。

 ただ、この「気にしぃ」がエスカレートすると別の言葉に置き換えられてしまう。「しんき病み」である。「しんき」は漢字で「辛気」と書き、「しんきくさい」の「辛気」と同じだ。「しんきくさい」の本来の意味は、「思うようにことが運ばなくて、焦れたり、イライラしたりするさま」だが、関西では「どんよりと落ち込んだ暗い様子」も「しんきくさい」という。「葬式でもないのに、しんきくさい顔すんな」「もっとしゃんとせんかぇ! しんきくさいやっちゃのお」というふうに使う。ただ、「しんき病み」の「しんき」は、字は同じでも意味は異なり、それこそ「神経質すぎる人」を指す。

「あそこの子、家に帰ってきたら10分も20分も手ぇ洗てるらしいで」

「それ、しんき病みとちゃう?」

「お茶碗にご飯粒残すやなんて信じられへんわ」

「あんた、気ぃつけやな、しんき病みっていわれんで」

 このように、「気にしぃ」と違って、「しんき病み」は非常にネガティブな言葉だ。近年では関西でも、あまり耳にしない言葉だが、言われた場合は自分の行動や性格を顧みた方がいいかもしれない。

 

関西人VS関東人 ここまで違うことばの常識」(河出書房新社)より

 

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