ある友人の話です。
その人は、主人をサポートするのが妻の役目だと思い、
日常生活のことはもちろん、仕事のことも、
できることは全部やってあげていたそうです。
あるとき、心が限界にきてしまい、
何も手につかなくなってしまいました。
そこで初めて、
自分の人生よりも、主人の人生を優先していたのかもしれないと、
気づいたそうです。
「たとえ自分がサポートしないことで主人が困ったとしても、
それは彼の問題で、彼の人生であって、
自分が背負うことではないのかもしれない」
その話を聞いたとき、
あれ、どこかで聞いたことがあるな、と思いました。
私は一時期、子どもたちに対して、
少しやりすぎていたなと感じることがあります。
できることは全部教えてあげないと、
困ってしまうかもしれない。
自分が間違えたら、
この子たちの人生が大変になってしまうかもしれない。
そんなふうに思って、
必死にサポートしていた時期がありました。
ある日ふと、
何が正しいのか、間違っているのかなんて、
本当は誰にも分からないのかもしれない、と感じました。
今、自分がこれでいいと思うことをしてあげる。
それだけでも、十分なのかもしれない。
その先で、どう受け止めて、どう生かしていくかは、
子どもたち自身の人生なのかもしれない、とも思いました。
中国語のレッスンでも、
つい知っていることをすべて伝えたくなってしまうことがあります。
でも、本当にその人のためになる関わり方って、
どこまでなんだろうと考えることがあります。
踏み込みすぎず、でも離れすぎず、
その人の可能性を信じながら、
関わっていくことも大切なのかもしれません。