実の母親は健在で同居をしている。

いるが心を通わせる仲ではない。


恨んだ時間は長かったが、

幸せを祈れるようにはなった。


母親とは今世縁あった関係だから、私は望んで生まれて来たのだから、心から慕えなくても母親の魂の幸せを願い、祈る。


そう思うようになったのは最近だ。


私には心の母と慕う女性がいる。


寿司屋時代の常連さんでHさんという。

歳は70をこえた位だったか。


私が寿司屋をしながら重度のアルコール依存症になっていく様子を、何年もお客として見続けてくれた。


寿司を食べに来てくれる時には

「酒ばっか飲まないで、これ食べて。」

と、いつも食べきれない程の土産を持って来てくれた。


朝から酒をのむ「連続飲酒」を続けると、私は寿司を握ってはいけないほど身体が不調になり、顔つきも普通でなくなっていた。


Hさんは、私が酒を減らし、寿司屋を続けられる様にと心配しながら店に足を運び続けてくれた。


そんなHさんの気持ちを裏切るように、何の沙汰もせず私は寿司屋を閉めた。


寿司屋を閉店後、食品加工会社に勤めながら、断酒会に所属しながら、介護施設で働きながら、「酒をやめて生きてます。」とHさんにいつか伝えたいと思っていた。


先週。

介護の職場で休憩になり1階に降りた時だった。


日曜日で、薄暗い1階フロアをロッカールームに歩いて行くと事務所の前を2人の男女が歩いていた。


洗濯物を取りに来る“ご利用者の家族”かと思ったが、後ろ姿の女性に見覚えがある気がした。


女性が「ちょっと待ってて。」という素振りをして化粧室に入ってしまったが声までは聞こえなかった。


もう1人は男性で「おう。」と言って立ちどまり廊下の掲示物を眺め始めた。


私は化粧室近くの談話室に身を潜めるようにして女性が出てくるのを待った。


女性が「お待たせー。」と化粧室から出て来たタイミングで、私も何気なくすれ違うように廊下に出て女性の顔を見ると、やはりHさんだった。


私はHさんの視界にゆっくり入ると、

「Hさん。私、寿司屋です。」と興奮を隠さずに声をかけた。


Hさん「は!あんた、M(私)か。大将か。」と変わらないダミ声で驚いた様子だった。


私 「はい、Mです。ご無沙汰しております。」


Hさん「なんだん、あんたココで働いてるのか。元気だったかん。」丸出しの方言で大きな声、Hさんは変わらず元気に見えた。


「Hさんに逢えたー。嬉しいよー。話がしたかったー。」

私は込み上げる感情を隠すことなく言葉にしてHさんにそのまま伝えた。


Hさん「あんた、酒は飲んどらんか?」

私 「はい。やめてます。」


Hさん「そうかぁ。凄いスゴイ。」


日曜日でデイサービスがなく人が少ない1階フロアとはいえ、職場で長い立ち話は不向きだった。


私は職場用の声のトーンに切り替え、HさんのLINEが変わってないことを確かめた。


私「LINEで喫茶店に誘って良いですか?」


Hさん「いいよー。行こいこ。」


私「わかりました。ではLINEします。」


そう言って、介護施設に来たお二人を見送った。


明日の土曜日は休み。


私はHさんにLINEをした。


LINE「明日、休みです。お茶しませんか。」

すると、


LINE「良いよ。9:30に〇〇珈琲ね。」と直ぐに返信をくれ、その後に可愛らしいスタンプが何回か送られて来た。


明日は数年来の思いが叶いHさんと話ができることになった。


Hさんは友達(ファン)が多い人だから、〇〇珈琲にはHさんの知り合いがたくさんいるだろう。


当然、その中にはかつての私の寿司屋に来たことがあるオッサン連中もいる。


アルコール依存症で寿司屋を潰した二代目のアル中バカ大将に説教のひとつでもしてやろう。という、私が超キライなタイプの昭和ジジイ。


そういう輩が居ようとも、

私はHさんと話したい。


世話になったと礼を言い、元気でいると改めて伝えたい。


これからもよろしくとお願いしたい。


あなたは「心の母」「心から慕う親友」だという気持ちは言葉にしないけど、


私の中にある意識の一つひとつが「そうしなさい」と訴えかける。






酒をやめてると良いことあるなぁ、

と思うというはなし。