アインシュタインの名言 | 富山県のイラストレーターブログ

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富山県で絵描きとして活動中のだいごろうのアート作品ブログ。

 

 

 

かの偉人、アルベルト・アインシュタインは言った。

 

想像力は知識よりも重要である。 

知識に限界があるが為に、想像力が世界をとりまき、

発展を刺激しつづけ、進歩に息を吹き込みつづけているのだから。

間違いを犯したことのない人とは、何も新しいことをしていない人だ。」

 

そして、アインシュタインが言う「知識」とは?

 

「情報は知識ではない。知識の唯一の源は経験である。」

 

 

 

俺たちの生活は、すでにAIの恩恵で成り立っていて、

その技術の進歩によって、より豊かで快適な生活へと

向上していると思える。

 

最たる恩恵で言えば、スマホかな。

Googleの検索にしてもAIの学習機能によって

検索すればするほど精度や速度が向上していく仕様だ。

 

AI=ロボットって考える人もいるけど、

ここで言うAIは、ロボット全般ではなくて、

いうなれば、ロボットの頭脳の部分。

人間の代わりに、考えてくれる部分。

調べて、記憶して、学習して、計算して。

 

ただし、AIは、「無」からは想像が出来ない。

AIで出力されるイラストは、全て、過去の誰かの作品、

すでにこの世界にある風景や物質、形ある物を、

「合成」して出力しているだけのこと。

想像して、創造することは、AIには出来ない。

 

でも、じつは人間の脳も、同じ仕組みらしい。

誰もが「無」から想像することは難しい。

すでにこの世界に存在している物を見て、

今までの知識、経験を経て、想像できている。

 

でも、稀に、この世界に存在しない、

誰も見たことも聞いたこともないモノを

想像して、創造できるのが人間の頭脳だ。

 

 

 

・・・このブログでは、AIへの批判ばかりになってしまうが、

AIの登場によって、自分で考えること、想像することが

どんどん少なくなってきているのも事実だと思う。

人間の代わりに出来ちゃうAIとロボットが増えて、

簡単な作業、仕事が、どんどんAIロボットたちにすり替わり、

このまま、AIの技術と、ロボットの技術が進歩していけば、

「もう人間は要らない」という極論を

AIが判断してしまう日が近いと思う。

映画『ターミネーター』の世界だね(汗)

 

 

 

想像することを止めたらダメだ。

イメージすることを怠ってはダメだ。

人間として、衰退していってしまう。

 

 

 

AIの進歩の恩恵で、「AI絵師」と名乗る人が激増している。

自らを「神絵師」だの「イラストレーター」だの

名乗っちゃう人たちが増えてしまった。

でも、あの人たちは、自分で、何も想像、創造していない。

言うなれば、電子レンジを使いこなして、

自らを「料理人」と名乗っているようなもの。

 

俺は、そういう人たちを

「イラストレーター」だとは思わない。認めない。

 

自ら、想像して、自らの手で描き、創造できる人たちだけを

「絵師」とか「イラストレーター」と呼ぶ。

 

AIでイラストを出力している人たちは、

ただの「AI利用者」だ。

電子レンジで冷凍食品を温めて食べている一般人と変わらない。

 

 

 

最近、子供たちが懸命に、ノートに落書き・・・というか、

絵を描いている姿を見て、

「やっぱり、これが絵を描いている者の姿だよな」と

改めて思った。

 

「絵師になりたい」とか「イラストレーターになりたい」と

目指す者たちは、必ず、自ら絵を描いている人たちなんだ。

それらを目指したい者たちが

「まずはAIの使い方を覚えなきゃ」って思わないでしょ?

そういうことだよ。

 

 

 

カメラが登場した時代・・・

きっと当時の風景画家たちは戦々恐々だったかも。

でも、カメラで撮った写真を

「これ、俺が描いた。俺、風景画家です」

とは言わなかったでしょ?

そして、カメラが世界に普及した今でも、

ちゃんと風景画家はいるし、

カメラで撮影するプロの方々は「カメラマン」と呼ばれる職業がある。

 

もしかしたら、数年後には

「AI技師」というプロのAI出力の職業が誕生するかもしれない。

いや、すでに誕生してしまった「AI絵師」という言葉が

そのまま使われるかもしれないけど。

きっと、そうなった時、「絵師」と「AI絵師」、

どちらも共存していく未来になっているかもしれない。

風景画家とカメラマンのように、まったく別の職業として。

 

 

 

想像していこう。

自分で考えることを怠けちゃだめだ。

そして、これからも、

自らの手で創造していこう。

「絵描き」でいるために。

 

そうして、俺たちが歩いて来た道が、

また、次の誰かの「道標」となるように。

 

その道の先が、途絶えないように。

 

 

 

(9年前の落書き)