全てSNSの「おかげ」であり、全てSNSの「せい」である | 富山県のイラストレーターブログ

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富山県で絵描きとして活動中のだいごろうのアート作品ブログ。

 

 

 

先月、初めて

『富山市民芸術創造センター』という

施設を利用してみました。

部屋を予約して借りて

自分の作品製作に打ち込みました。

 

そのとき描いていたのが

『個展』用の作品だったのですが、

 

それに取り掛かる前に、

『絵と文』を描きました。

 

その時の新作の『絵と文』が

コレです。↓

 

 

 

(画材:色紙、筆ペン、COPICライナー0.05、DAISOのイラストマーカー)

 

あんまりコレに時間をかけていられなかったので、

背景に何も色を付けてない状態ですが(汗)

 

 

 

「あなたもだれかのうらやましい存在。」

 

 

 

インターネットが普及して、『SNS』が

あっという間に拡散、浸透してくれた『おかげ』で、

個人は、他人の情報・体験したことを

お手軽に『共有』できるようになりました。

 

しかし、世の中ってのは

『メリット』があれば、必ず『デメリット』がある。

 

他人の情報を知らなければ

気づかなくて済んだことや、

「他人との差」に気づいてしまったがゆえに

勝手に『劣等感』を感じることがなかったはずなのに、

『SNS』の『せい』で、それらを

感じざるを得ない世の中になってしまった・・・。

(※もちろんメリット・デメリットはこれだけではない。)

 

すべてSNSの『おかげ』であり、

すべてSNSの『せい』である。

 

他人のそれを見て、

自分が今まで気づかなかったこと、知り得なかったこと、

それを共有(共感)できたことに、

喜びを感じれたなら良し。

 

勝手に、羨ましく思い、妬み、苦しみ、

不幸を感じてしまうなら・・・

思い切って、SNSを辞めるのも、ひとつの手段。

それが無いと生きていけないわけじゃない。

むしろ、それらが無かった

古き良き時代の生活ができると思う。

 

これは、『順応』していけるかどうかの話。

順応できなかったからって、人として劣っているわけではない。

得手不得手、向き不向きの話なのだ。

 

 

 

SNSを辞めるほどじゃないにしても、

他人が持っていて、自分に無いモノをねだってしまって

心苦しいならば、まずは、自分が『今』持っているモノを探してみよう。

『今』は無くても、『未来』では持っているかもしれないし。

案外、自分では気づかないのかもしれない。

それなら、他人に思い切って聞いてみてもいい。

そのための他人であり、SNSだと思うから。

 

 

 

今回の作製風景を撮影して動画にしてます。

よかったら、見てやってください。↓

 

<作成風景と解説>

 

 

 

 

 

SNSで、勝手に他人と比べて、

当たり前である『個人差』を、勝手に『優劣の差』と思いこみ、

苦しんでしまっている誰かの心が救われますように・・・。