中道改革連合の小川淳也代表が、党の今後について記者会見を行った。
その中で気になったのが、衆院選で発生した10億円余りの債務について、
「10億円余りの債務を踏み倒していいのか。答えはノーだ」
「支払いを完済するまで解党できない」

と説明したことだ。

確かに、債権者保護という観点から考えれば、この主張自体は正しい。
選挙に関わった広告会社、印刷会社、その他の事業者には何の責任もない。

党の都合で解党するからといって、債務を踏み倒してよいはずがない。
ただ、企業の財務やガバナンスの感覚で考えると、どうしても引っかかるものがある。

問題は「債務を返すか、返さないか」ではない。
当然、返すべきである。

問題は「誰が、どのような責任を負って返すのか」ではないだろうか。
今回の債務は、中道改革連合という党が衆院選を戦った結果として発生したものだ。
ところが、政治活動については新党結成や公明党への復党などによって別の器へ移り、その一方で、旧党を残して未交付の政党交付金を受け取り、それを過去の選挙債務の返済に充てるという。
 

これまでに仕事でいくつかの組織再編に携わった身としては、今回の事象を企業に置き換えてみると、少し奇妙に見える。


ある会社が大きな事業を行い、10億円の債務を負った。
その後、経営陣や主要な事業は別会社へ移る。
しかし、債務と、その返済に使える公的資金を受け取る機能だけは旧会社に残す。
個々の手続きが制度上認められていたとしても、
「それでガバナンスとして説明がつくのだろうか」
という疑問は残る。

しかも政党交付金の原資は税金である。
「債権者に迷惑をかけられない」という説明は正しい。
しかし、それは「だから旧党を形式的に存続させ、今後の政党交付金を受け取る」ということまで自動的に正当化するものではないと思う。

むしろ国民が聞きたいのは、
「10億円を踏み倒していいのか」
ではなく、
「その10億円を発生させた政治的責任を、選挙を戦った人たちはどう負うのか」
ということである。
 

法的な債務者は党なのだろう。
しかし、政治的責任まで党という「箱」に置いて、自分たちは別の箱へ移れば終わり、という話ではないはずだ。

もし債務を完済するまで中道改革連合を存続させる必要があるのであれば、本来はその選挙を中道として戦った議員も、少なくとも債務整理に対する責任を共有すべきではないだろうか。
もちろん、政治理念が一致しなくなった人たちを、債務返済だけを理由に同じ政党に拘束するのも現実的ではない。
だから政治活動を分けること自体は理解できる。
しかし、
「政治活動を分けること」と
「過去の意思決定に対する責任を分けること」は、
別の話だと思う。

さらに気になるのは、そもそも中道改革連合という党を作った判断について、どのように総括するのかという点だ。
企業でいえば、会社を統合したものの短期間で統合を解消し、多額の債務だけが残ったようなものだ。
その場合、
「取引先への債務はきちんと払います」
だけでは、経営者としての説明責任を果たしたことにはならない。

なぜ統合したのか。
当初の戦略は何だったのか。
何が想定と違ったのか。
なぜ短期間で別々の組織に戻るのか。
そして、その意思決定の結果として発生したコストについて誰が責任を負うのか。


ここまで説明して初めて「総括」になる。
さらに、政党としては別々になる一方、国会では統一会派を作って野党第一会派としての数を維持するという話もある。
政策を実現するための連携であれば理解できる。
 

しかし、
選挙のためには一つの党になる。
都合が悪くなれば別々の党に戻る。
債務を返済するためには旧党を残す。
国会での数を維持するためには同じ会派を作る。

こう並べてしまうと、どうしても「政治家にとって都合のいいように器を使い分けている」ように見えてしまう。
小川代表の「債務を踏み倒していいのか。答えはノーだ」という言葉は、一見すると非常に正論である。
私も、債務は当然返すべきだと思う。
それでも、この説明にどこか詭弁のようなものを感じるのは、「債務を返す責任」と「その債務を生み出した意思決定に対する責任」が、いつの間にか別の話になっているからなのかもしれない。

企業財務やガバナンスの世界であれば、債務を返済することは最低限の義務であって、それだけで経営責任を果たしたことにはならない。
政治でも同じではないだろうか。

今回、本当に説明が必要なのは
「10億円を踏み倒していいのか」
ではなく、
「なぜこうなったのか。そして、その責任を誰がどのように負うのか」
 

 

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