おはようございます。
子鉄やまる子の勉強をみていて教えるっていかに難しいかを感じます。
教えるということの究極は、逆説的ではありますが
いかに教えないか
だと思います。
特に、相手が苦手意識を持っている事項、科目だったら特にです。
いっぱいしゃべったとしても相手に届かなかったら独演会に過ぎなくて意味がないです。
自分の持っているたくさんの知識をシャワーのように押し付けることはよくない。
つまり教えるということは
相手の心に届かすということをよく考える
ということと同義なのだと。
言葉を選んで、どの問題でも通用する解法を端的に教える。
これは無駄なことをそぎ落とすからこそ見えてくる本質を伝えることと同じなのかもしれません。
一方で、相手が好きなこと、夢中になれることであれば
どんなにシャワーを浴びせても本人は苦ではないでしょう。
むしろその場合は、知識レベルを試されるかもしれません。
手をかえ、品を変えやっても本人の苦手な事項、科目を好きになってもらうことは並大抵のことではありません。
最後は本人がどうありたいかという意識の持ち方次第ですが、教えようとすることが逆効果になることだけは避けたいです。