おはようございます。

 

私は絵心がありません。そんな私でも中学校の授業で唯一覚えている授業、それが美術。

今でいうクールビューティーな先生でした。

教科書に載っているピカソの絵についての説明をしていただいた時のことは今でも覚えています。

この絵です。

私は広島の中学校だったので「平和への思い」ということで平和学習の一環で授業が行われたように覚えています。

 

 

パブロ・ピカソと聞くと、まるで落書きのような子どもが描いたような絵を描く作家だと思う人が多いでしょう。

あの絵で天才だと言われるのであれば、私にもできる…と思う人もいると思います。
しかしピカソの描くまるで落書きのような絵にも意味やすごさがあるということを知ったのがその授業でした。

 

まるで落書きのようなピカソの絵は、「キュビスム」という手法によります。

「キュピズム」とは、描く対象を右からも左からも斜めからも…と多方面の視点で見たものを一つの画面に収めるという荒業で、それまでの視点が一つであるという透視図法の常識を打ち破りました。ただ適当に描いているのではなく、一つのモデルをいろいろな角度から見たものを一つにまとめて描いています。

例えば一人の女性を描く場合、普通は例えば正面からのみ見て、見たままに描くものです。
しかしキュビスムによるピカソの描き方だと、正面から見て、左から見て、右から見て、後ろから見て…、それらを一人の女性として一枚に仕上げるわけです。

そのため、女性だということはわかるけれど、耳が変なところについているな、目の場所が変だな…といったような絵になるわけです。
この描き方で描くと、絵は動くはずがないのですが、動きがあるように感じられる絵になります。

落書きにも見えるピカソの絵には、キュビスムという手法がしっかり使われていたのです。

 

私は当時中学1年生。

転校をきっかけにたった9か月の中学受験勉強でしたので当然と言えば当然でしたが、受験算数が出来ず(分からず)に全敗。

全敗という事実と、第1志望校に合格した同級生に出された算数の問題が出来なかったことがが悔しくて(塾の先生に聞いたら実はルートを使うことが分かり)数学の先取り学習を進めていた頃です。

当時はとにかく問題を解けることが大事で、解けたら次に進むことを繰り返していました。
 
ところが、この授業から
同じ物でも見方を変えると違う顔があるんだな。
このそれぞれの顔を組み合わせることで物が出来上がっているんだ。
と気づかされたのです。
 
数学に置き換えたら、
答えは1つでも見方を変えたらいろいろなアプローチがあるはず。
だからいろいろなアプローチを考えることにこだわっていこう!
これが私の数学の勉強(数学に限らずですが)の仕方の原点になったのです。
 
そんなわけで今年の開成中の算数の問題。
まさにいろいろな視点からの見え方を問う問題でした。
この問題をみてふと美術のあの授業を思い出したのでした。