おはようございます。
今年もあと2日ですね。
木曜日の朝のこと。
子鉄は自習室で宿題をするために朝早く塾に行きました。授業は午後からです。
(その方がだらだらしないのでこちらも助かります)
塾に着いた直後に私に本人から電話がありました。なんと、もう取組み済みの当日提出する宿題に午前中取り組もうとしていた宿題、全て家に忘れてきたと。
家に取りに帰るには往復の時間がかかるし、もう既に塾にいるのだから交通事故等のリスクを考えたら取りに帰るという選択肢は却下。たまたま奥さんの仕事がなく家にいたので、持っていってもらうことで忘れものに関しては事なきをえました。
持ってきてもらうまでは社会のテキストを読んでいたとか。
塾が終わり合流して一緒に帰りました。
帰宅後、私と奥さんと3人でお説教タイム。
本人曰く、
確認したつもりだったんだけど、全部入ってなかった。
出ました、確認したつもり!
子鉄は勉強時間や勉強の内容の点では私が見ているというのもありしている方だと思います。
でも夏頃の伸びと比較してここに来てなかなか成績が伸び悩んでいます。
私も奥さんも、その原因は「本人の意識の問題」だと思っています。
学力・能力の点では見ているかぎりではそんなに大差ないと思っています。
ではなぜ差がつくのか。
一言で言えば「意識」。
自分への意識、相手への意識、周りへの意識。
なんとしてでもやりきるんだ。
なんとしてでも正解にするんだ。
この単元、問題のポイントはなんだろうか。
さっきやった問題との違いはなんだろうか。
自分の答案を気持ちよく相手に見てもらおう。(字の上手さではない)
自分の答えや思考の過程を相手に分かってもらおう。
こうしたらこんなことになるかもな、だから今はこうしておこう。
だとか。
全ては意識という名の「こころがけ」。
自分と向き合い、相手の気持ちを考え、言葉で表現する、これ国語の勉強。
こうしたら、こうなるというように論理的に物を考える、これ算数の勉強。
自分たちが暮している世の中について考える上での背景理解、これ社会の勉強。
世の中のものごとの仕組みについての理解、これ理科の勉強。
中学受験で合格すること、これも1つの目指すゴールかもしれないけど、
受験勉強というプロセスの上で本当に学んで欲しいことは歴史上の出来事や算数の解き方ではない。
こうした学びを深めたプロセスの先にたまたまあるのが中学受験という機会にすぎない。
そんなのすっとばしたって、中学までは義務教育を受ける権利はあるのだから。
なぜ遊びたい盛りの時間を犠牲にしてまで中学受験をしようとするのか。
本来、学びは楽しいものだが、そこにテストがあると自由度に制限がかかる。
やらされ勉強だといわんや。
新年を迎える前に今一度考えるように伝えました。
私は、子鉄はこの「こころがけ」さえ少しづつでも持てるようになれば、成績は飛躍的に伸びていくであろうと思っています。
まだ精神的な幼さゆえなんでしょうね。
小学生男子の中学受験は「精神的な成長」との勝負と言われる所以なんでしょうね。
とはいっても子鉄のこの1年での成長も感じています。
来年は腹をくくってやりきるんだ、というたくましい側面を見せて欲しいものです。
そのためには私を含め家族みんな協力は惜しみませんから。
昨日の塾では、自習室にいても集中しておらず友達と時々話をしていたとかで怒られたようです。その先生から電話をいただきました。まさに今日のブログに書いた内容で叱ったところなんですと伝えました。その先生も子鉄に足りないのは学力ではなくて、意識、姿勢だとおっしゃってたした。