おはようございます。

先程、子鉄が3泊4日の合宿に出発しました。
集合が朝の7時と1番早い集合時間。
なので朝はみんな5時起床で送りに行ってきました。
バスが数台。これから勉強漬けの毎日が始まるというのにみんな楽しそうでした。

バスが行ってしまうとまる子がグスン。
いつものことなのですがね。
顔を合わせればケンカばかりなのに。

昨夜はまる子、子鉄ともにハイテンション。
9時半には寝かせましたが、なかなか寝付けないようで

ニコニコ眠たくなるようもう少し勉強するか!

と言ったら黙って寝ました。

今日は午後からの開校式が終わったら早速4時間くらいの授業のスケジュールになっています。

体調を崩すことなくこの日を迎えらたのはなにはともあれよかった。
勉強もですが、何か感じるものを1つでいいから持って帰ってきてくれたらそれだけで十分です。

さて、子鉄と取り組んだ流水算。
名前だけで速さの問題です。
川下のA地点からボートで出発、同時に川上のB地点からボールを流します。ボートとボールの距離と時間の関係のグラフが問題に書いてありました。静水時の速さと流速の記載がない中で、時間を求める問題です。

ボートの速さは(静水時の速さー流速)、ボールの速さは(流速)になります。
ここで未知数が2つありますが、実は流速は考える必要がありません。よって未知数は1つへ。

なぜかって?

川の流れに乗っているボールからしたらボートはボート自身の速さでしか動いているようにしか見えず、その速さだけ差が広がったり、縮まったりしています。
言われてみれば感覚でもわかりますし、理屈では力の合成で検証できます。

一方、
川岸にいる人からみたらそれぞれはまた違って見えます。

これが相対速度の考え方で、見る基準の取り方によって見えかたが変わる。
算数や物理の世界にとどまらず、同じ物を見てもみる人が違えば人それぞれの基準で見えかたが変わる。

この相対速度の考え方、広げていくと相対性理論にまで及ぶが混乱してしまうのでここまで。

ここで大事なことは、見方によって変わることから

基準をどこに置いているの?

という意識。
ミスコミュニケーションを回避するためには重要な意識だと思います。