帝国劇場、聴覚障害者も利用しやすい劇場に生まれ変わって 建替えに際し署名活動<ニュースあなた発>/東京新聞記事・2024年1月31日 


 国内の西洋式劇場として最も長い歴史を持つ東京・丸の内の帝国劇場が2025年をめどに、建て替えのため一時休館する。それに合わせ、聴覚に障害がある舞台ファンや手話通訳らでつくる団体が、障害の有無を問わず利用しやすい劇場に生まれ変わってほしいとオンライン署名を募っている。当事者らは「最高峰のエンターテインメントの殿堂が変われば、たくさんの劇場が続いてくれるはず」と期待を込める。

 帝国劇場 1911年3月、近代日本の文化芸術のフラッグシップ(旗艦)として開館した日本初の純洋式劇場。女優劇や歌舞伎、歌劇などを上演し、1923年の関東大震災で焼失。2代目の現在の建物は1966年9月に完成し、ミュージカルや大衆演劇などでも人気を集める。東宝は2022年9月、老朽化による建て替えのため、2025年からの一時休館を発表した。

◆タブレット端末の貸し出しはあるけれども…
 団体は「We Need Accessible Theatre!(ウィー・ニード・アクセシブル・シアター)」。当事者らが帝国劇場の建て替え方針を受けて結成し、2023年10月から署名活動を展開。現在約1万5000筆で、さらに数を増やし社会的な議論を巻き起こしたいと、東京新聞の「ニュースあなた発」に情報提供した。
 団体によると、帝国劇場では、役者のせりふに合わせてスクリーンやタブレットに字幕を映し出す「リアルタイム字幕」や、舞台手話通訳などのサービスはない。貸し出されるタブレット端末で台本を読めるが、利用者が自分でページをめくる必要がある。

 発起人の1人で聴覚障害がある「きこえない宝塚歌劇ファングループ」主宰の山崎有紀子さんは「全く耳の聞こえない人にとっては、役者が今、どのせりふを話しているかを理解するのが難しい」と訴える。現状の手元のタブレットと舞台を交互に見るのは大変で、舞台付近のスクリーンなどにリアルタイムで字幕を映す仕組みを導入してほしいと願う。
 ほかにも「車いすの車輪が毛足の長いカーペットにとられ移動が難しい」「全盲の人が作品を楽しむための音声ガイドがない」など、当事者らから改善の声が寄せられているという。

◆東宝「要望や問題は認識」
 オンライン署名は、サイト「Change.org(チェンジ・ドット・オーグ)」で実施。帝国劇場を運営する東宝には、当事者の声を聞いた上で建て替えるよう要望し、国には観劇サポートに対する助成や支援を増やしてほしいとした。山崎さんは「建て替えを機に全ての人が訪れやすい劇場のモデルケースになれば」と望む。

 東宝演劇部は「要望や問題は認識している。50年を超える古い劇場で人員、スペース、技術などの要因でご不便をおかけしている」と説明。建て替え計画は公表段階ではないとし「さまざまな障害のある方や高齢の方にも、楽しんでいただける劇場を提供していきたい」と意欲を示した。

◆「合理的配慮の提供」が4月から義務化
 建て替えが予定される帝国劇場(東京都千代田区)を運営する東宝を含めて民間事業者は、4月の改正障害者差別解消法施行で、障害がある人への「合理的配慮の提供」がこれまでの努力義務から、義務化されることになる。障害の有無にかかわらず観劇を楽しめるよう、劇場各社は試行錯誤の取り組みを続けている。

 東京・銀座の歌舞伎座は、前の座席の背面に設置するタブレットに、台本の字幕や舞台の解説などをリアルタイムで映し出す取り組みを導入(現在は新型コロナウイルスの感染対策などで中止)した。

◆パルコ劇場は磁気ループで支援
 2020年1月にリニューアルオープンした東京・渋谷のパルコ劇場でも、難聴者らの聞こえを支援する「ヒアリングループ」(磁気ループ)を整備し、専用エリアを設けた。希望者には観劇当日に早めに来場してもらい、台本を読んだ上での観劇も案内する。担当者は「改正法施行を前に、よりアクセシビリティー(利用しやすさ)を向上させるためのサービス見直しを始めている」と話す。
 対応に前向きな劇場が少しずつ増える一方、解消法やバリアフリー法などの舞台芸術のアクセシビリティーに関する法令には、観劇をサポートする具体的な記載がない。
 署名活動の発起人の一人でNPO法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク(TAーnet)の広川麻子理事長は「企業の取り組みを後押しするため、リアルタイム字幕や舞台手話通訳の導入を明示するなど、より具体的で実効性のある法整備が必要だ」と話す。

 

◆健常者と障害者がつながれる場
 舞台演出家で公益社団法人・日本劇団協議会の西川信広会長は「劇場には芸術作品や商業的なパフォーミングを見せるだけでなく、人のつながりを生み出すきっかけを果たす役割がある。新型コロナウイルス禍以降は特に強まっている」と指摘する。
 劇場は健常者と障害がある人の双方が出会い、つながれる場所と語り、「多様な価値観を認めるという時代の流れもある。公共劇場であれ、民間であれ、誰もが訪れやすい場所にするということは考えなくてはならない」と強調する。
 署名で求めている要望について「内容自体は過大な要求と思わない」とした上で、「マンパワー(人的資源)と現在のテクノロジーを合わせれば、費用を少なく抑える道もあるのではないか。先に建て替え計画を全部決めてしまう前に、劇場側が利用者らと話し合って意見を取り入れることで、よりよい劇場に生まれ変わってほしい」と説く。

東京新聞記事・2024年1月31日

https://www.tokyo-np.co.jp/article/306235?fbclid=IwAR3BoVEw9kwscL8ooCMhCX1z-up32LLiz3aIgE3gyd5hOzh9GlfR2eerMOs