元アイドルと現役高校教諭の異色ユニットの挑戦「手話通訳を当たり前に」 歌も、ダンスも、通訳も/東京新聞記事・2024年1月1日 
<連載 芽吹く 2024>①

 

♪ あなたにSmile
♪ 心にSmile
 歌手のMISIAさんの曲「あなたにスマイル:)」に合わせて、耳の聞こえない「ろう者」らと聞こえる人たちが、歌詞を表す手話を交えたダンスを踊る。開いた両手を顔の両側に持ってきて、閉じながら離す動きを繰り返せば、「笑顔」の意味だ。
 川崎市で昨年12月に自動車教習所のコヤマドライビングスクールが主催した国内最大級の手話ライブ「D’LIVE(ドライブ)」で、手話通訳ユニット「ケーマトーマ」が手話ダンスを披露した。観客の7割は聞こえる人。踊らずに歌詞を手話で表現する手話歌や手話ダンスで、13組が盛り上げた。


◆「ケーマトーマ」林家正蔵さんのひと言で
 ケーマトーマは、学生時代にアイドル活動をしていた会社員の有木慧馬(けいま)さん(29)=神奈川県=と、東京都内の私立高校教諭の水野冬馬(とうま)さん(44)の2人組。国会内の集会や、東京五輪・パラリンピックのイベントの手話通訳も担った。黒い服でかしこまって通訳する時もあれば、出演者と同じ派手なTシャツで、くだけた口調に沿って訳す時も。ろう者に「雰囲気が伝わって、楽しい」と感想をもらうとうれしい。

 10年ほど前、教え子たちの「手話をやりたい!」という声がきっかけだった。私立高で国語を教えるトーマさんは、住んでいた東京都練馬区の広報誌でたまたま見つけた手話講習会で初歩から学び、それを生徒に教えた。「ろう者とコミュニケーションが取れて、世界が開けた」と魅力に引きつけられた。生徒たちも手話同好会を発足し、手話部に昇格させた。
 人づてに、歌手のライブで司会の通訳を頼まれるように。2016年、舞台に出演するろう者の俳優の通訳をした際、同じ舞台に出ていたケーマさんと出会う。「なんとなく、手話に興味があった」というケーマさんは手話部の生徒にダンスを教え、手話を覚えた。
 手話通訳者は、交代のため2人組で動くことが多い。18年5月、2人は吉祥寺であった寄席で通訳をした。そこで「ケーマトーマかぁ」と声をかけてくれたのが、落語家の林家正蔵さん。「ピンと来た。この名前でやっていこうと思った」と2人はいう。


◆2025年には東京を中心に「デフリンピック」開催

 厚生労働省によると、聴覚・言語障害がある人は約34万人と推計。一方、裁判や政見放送などを担う手話通訳士の資格者は約4000人だ。資格がなくても通訳は可能で、ケーマトーマを含め多くの人が活動するが、数は十分ではない。
 25年、東京を中心に「ろう者の五輪」と呼ばれる国際スポーツ大会「デフリンピック」が日本で初めて開催される。デフアスリートへの注目とともに、ケーマさんは「もっと気軽に、手話を知りたいという人が増えてほしい」。トーマさんは「手話通訳者の働く環境にも目を向けて」と願う。不十分な報酬は、なり手不足にもつながっている。
 「手話という言語の可能性を広げたい」という思いから、2人は通訳、歌、ダンス…と挑戦を続ける。「どんな場面でも、手話通訳が当たり前にある社会になるように」。聞こえない人と聞こえる人をつなぐ存在でありたいと願う。
 デフリンピック 英語で「耳が聞こえない」を意味する「デフ」と「オリンピック」を合わせた名称。4年に1度、夏季・冬季大会が開かれる。2025年11月に東京都などを会場に日本で初めて開かれる大会には、70〜80カ国・地域から選手約3000人が参加し、陸上、サッカーなど21競技が予定される。

   ◇
<連載 芽吹く 2024>
 ことしの干支(えと)は、勢いよく天に昇る竜のイメージが浮かぶ「辰(たつ)」。一説には、辰の字は草木が伸びて充実するさまを表すともいわれます。新たな年を迎えて、芽を伸ばし、大きな花を咲かせようとチャレンジを続ける人々や活動を取り上げます。

東京新聞記事・2024年1月1日 

https://www.tokyo-np.co.jp/article/299126?fbclid=IwAR1rMxSR7C56hifA4zG2EtlHZ3kFeVVEK8VnQzKm_-tymRr6XWbaVTpxMGs