臨時急行「だいご」の乗務日誌 -8ページ目

臨時急行「だいご」の乗務日誌

ご乗車ありがとうございます。臨時急行「だいご」です。行き先はその日次第。

鉄道を始めとした乗り物や、日々の雑感、愚痴、どーでもよいこと等の備忘録です。

只今絶賛不定期運行中です。

2022年6月30日をもって名前が消えた大阪空港交通。7月1日からはら阪急観光バス、阪急バス(高速路線バス部門)を吸収し、阪急観光バスに名称変更の上、再出発となりました。ややこしいなぁ。


でも、関空なんて影も形も無かった時代、関西からの空の玄関口は大阪空港でした。そのリムジンバスと言えば大阪空港交通OKKでした。

子供の頃、憧れたなぁ。














気がつけば20系も2編成に増え、毎年少しずつ置き換えられるそうで、綺麗なうちに撮影しておきましょう。


KS31編成








KS32編成






徐々に置き換えられていく10系の額縁顔


昼から出勤の時にちょっと鉄活。


京阪 丹波橋駅にて

7000系7004F


守口市とももクロのコラボマーク

『きてや守口市』とあるけど、守口市ってパナソニックの本社以外に何かあったかな?


8000系8009F


樟葉駅前のKUZUHA MALLが誕生?街開き?して50周年の記念マーク。50年の間には大きなリニューアルもあり、老舗百貨店の松坂屋や駅前に鎮座していたD51は無くなりましたが、京阪の名車3000系特急車両の先頭車が建物内に展示保存され、いつまでも、気軽に見て触れることができるのは嬉しいです。


近鉄 丹波橋駅にて

京都市交10系1003F

新車20系第2編成が試運転を開始しましたが、まだまだ元気な姿が見られそうです。



ほなね。

京阪電車 三条ー東福寺間が地下化されて35年になるそうです。

地上時代に一、ニ度乗ったような気はするのですがかなり曖昧で、やはり地下線になってからの記憶が圧倒的です。




30周年の時は旧3000系が描かれていたそうです。


そんなことを懐かしみながら、寝る前にプハーします。



おやすみなさい。

私が小学2年生まではJRなんて存在しなかった。

日本の鉄道といえば国鉄か私鉄だった。

分割民営化なんて言われてもよくわからなかったが、日本中至る所に線路を敷き、様々な列車を走らせている国鉄は凄いな!と思っていた。

首都圏で見られたさよならマーク。


飾られているのは信越本線碓氷峠通過対策用の489系だが、同じ形の列車が東北から九州まで見ることができた。


特急には誇らしげにJNRのマークが輝いていた。


夜も休まず24時間多くの旅客が日本を往き来していた。


昭和レトロと言われるが、無骨なデザインは今でも通用すると思う。








ツバメのマークといえば国鉄!


これぞ国鉄の車内。幼少期のたくさんの思い出が詰まっている。


長時間揺られて座席に横になったり、お尻が痛くなったのも今となっては懐かしい。


1987年3月31日国鉄最後の日、国鉄本社のある東京からJR旅客会社の本社のある街へ向けてメッセージを携えて夜通し運行されたイベント列車『旅立ちJR』号。(JR東日本号だけは仙台行き)

終着駅に着いた時にはJRが走り始めていた。



国鉄は私の鉄道が好きになる原点だったのだと、国鉄の名残を見るたびに感じさせられる。