2022年6月30日をもって名前が消えた大阪空港交通。7月1日からはら阪急観光バス、阪急バス(高速路線バス部門)を吸収し、阪急観光バスに名称変更の上、再出発となりました。ややこしいなぁ。
でも、関空なんて影も形も無かった時代、関西からの空の玄関口は大阪空港でした。そのリムジンバスと言えば大阪空港交通OKKでした。
子供の頃、憧れたなぁ。
昼から出勤の時にちょっと鉄活。
京阪 丹波橋駅にて
7000系7004F
守口市とももクロのコラボマーク
『きてや守口市』とあるけど、守口市ってパナソニックの本社以外に何かあったかな?
8000系8009F
樟葉駅前のKUZUHA MALLが誕生?街開き?して50周年の記念マーク。50年の間には大きなリニューアルもあり、老舗百貨店の松坂屋や駅前に鎮座していたD51は無くなりましたが、京阪の名車3000系特急車両の先頭車が建物内に展示保存され、いつまでも、気軽に見て触れることができるのは嬉しいです。
近鉄 丹波橋駅にて
京都市交10系1003F
新車20系第2編成が試運転を開始しましたが、まだまだ元気な姿が見られそうです。
ほなね。
私が小学2年生まではJRなんて存在しなかった。
日本の鉄道といえば国鉄か私鉄だった。
分割民営化なんて言われてもよくわからなかったが、日本中至る所に線路を敷き、様々な列車を走らせている国鉄は凄いな!と思っていた。
首都圏で見られたさよならマーク。
飾られているのは信越本線碓氷峠通過対策用の489系だが、同じ形の列車が東北から九州まで見ることができた。
特急には誇らしげにJNRのマークが輝いていた。
夜も休まず24時間多くの旅客が日本を往き来していた。
昭和レトロと言われるが、無骨なデザインは今でも通用すると思う。
ツバメのマークといえば国鉄!
これぞ国鉄の車内。幼少期のたくさんの思い出が詰まっている。
長時間揺られて座席に横になったり、お尻が痛くなったのも今となっては懐かしい。
1987年3月31日国鉄最後の日、国鉄本社のある東京からJR旅客会社の本社のある街へ向けてメッセージを携えて夜通し運行されたイベント列車『旅立ちJR』号。(JR東日本号だけは仙台行き)
終着駅に着いた時にはJRが走り始めていた。
国鉄は私の鉄道が好きになる原点だったのだと、国鉄の名残を見るたびに感じさせられる。